あなたと私の恋の行方
災い、のち……




 
サッとバッグを持って女子ロッカーを出ようとしたら、携帯が鳴った。
画面を見たら千也くんからの電話だった。

「もしもし…」
『由香ちゃんゴメン。佐野から聞いたよ』

昨日のことを聞いたらしい。紹介した責任を感じた千也君は、わざわざ連絡をくれたようだ。

三十分後に会う約束をして、電話を切った。

気にしなくてもいいのにと思ったけど、キチンと千也君とも話したほうがいいかもしれない。
これからも結婚相手を紹介されたらたまらない。

(自分の人生、もっと大切にしたい)

私だって咲子と飲み会に行ったり、別の出会いを求めてもいいはずだ。

(いつか、お祖父さまにもハッキリ言えるようになりたい)

少しずつだけど、私の気持ちは変わり始めている。
そのきっかけをくれたのは佐野部長だ。

(私、恋してる? 佐野部長に?)

祖父の言葉を忠実に守って、恋愛なんてしないように自分を戒めていた。

それなのに、佐野部長のような大人の男性に恋するなんて信じられない。
佐野部長から見れば、キスされただけで恋をする女なんて滑稽なだけかもしれないというのに。



千也君と待ち合わせたのは、ホテルのロビーだ。
私の方が先に着いていたようだから、ソファーに座って待つことにする。

昨日から今日にかけて、自分がどうかしてしまった気がする。
豪華なソファーに座っていてもフワフワするし、なんだか落ち着かないのだ。

(あのキスはなんだったの)

そればかりが頭を過る。
甘い感情に支配されそうになるのだけど、次の瞬間には咲子の言った言葉が蘇ってくる。

『佐野部長は選びたい放題、遊びたい放題』

そんなはずはないと思いたいけど、昼休みに見かけた姿は心に刺さる。
恋を自覚して私が知ったのは『惨め』という感情だった。

「由香ちゃん」

ぼんやりしていたら千也君の声が聞こえたので、思わずソファーから立ち上がった。
振り返ると、いつも通りの優しい表情だ。

つい、じんわり涙が滲んできた。

「千也君」
「あれ、泣いてる?」

千也は驚いたように駆け寄って、私を抱きしめてくれる。

「誰が泣かせたのかな?」
「勝手に涙が出てるだけだよ」

「そう?」

千也君はジェントルマンだ。サッとハンカチを出して、涙を拭ってくれた。



***



そんな由香と千也の姿を見た人は、喧嘩している可愛いカップルと勘違いしたかも知れない。

新川早苗は、たまたま父親の講演会を聞きに友人たちとホテルにきていた。
目の保養になりそうな青年を見かけたと思ったら、なんと西下由香と抱きあっているかと思う位置にいるではないか。

由香のことをよく思っていない彼女がそのシーンを見たとしたら、どのような手段に出るだろうか。

自分の部下だった扱いやすくてパッとしない女子社員が、今や大河内ホールディングスで人気実力ともにトップクラスの佐野柊一郎の下で活躍していると聞く。

『面白くない』

しかもたいして綺麗でもないのに、堂々とホテルのロビーでイケメンといちゃついている。

『あんな子の、どこがいいのよ!』

でも、このシチュエーションをうまく使えばと気が付いた。そっとスマートフォンを取り出してカメラを起動する。

『西下由香は、男たらし』
『何人もと付き合っている』

こんな噂を流せばどうなるだろうか。証拠の写真だってある。

自分のひと言で動かせる社員は会社に何人もいるし、マスコミで力のある父親の力をチョッと借りたら上手くいくはずだ。

なにも自分の手を汚さなくても、周りの人間に仄めかしてやればいいだけだ。
新川早苗の心には仄暗い嫉妬心が渦巻いていた。

嫉妬というのは恋愛に対してだけではない。
自己愛が強すぎる彼女にとって、目障りな人物はすべて嫉妬の対象になるのだ。


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