轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
出発
 「初めに言っておこう。俺が君を愛することはない」

「ええ…存じ上げております」

カコン···。

一流ホテルの中庭に設置された、日本庭園にある鹿威しが、雅な音を響かせる昼下り。

レセプション近くのラウンジで向かい合うのは、ひと目で洋風ブランド物と分かる質の良さげな三つ揃えのスーツに身を包んだ細マッチョかつ長身イケメンと、前髪が耳にかかる長さのショートヘアで美少年風ながらも、見事に紺色の振り袖を着こなすイケジョ。

誰が見ても、勝ち組同士、正にお膳立てされたお見合いだと分かるその場面は、無表情な男のその一言で修羅場と化そうとしていた。

ただし、お相手(女性)が常識的な相手であるならば···だが。

“テンプレ展開来た〜!”

ティーカップを持ち上げ、優雅に紅茶を口に含みながらも、頭の中では迷想するこの女性、名を島崎清乃(しまざききよの)という。

御年、24歳。webデザインやイラストなども手掛けるIT系企業の一社員であり、無理やりこの場に放り込まれた、ある意味被害者ともいえる女性である。

対して、面前の高圧的なイケメンの正体だが、清乃の雇用主の知り合い(らしい)で、お察しの通り(察することは難しいかもしれないが)、清乃も今回が初対面である。

面倒臭がる清乃を高圧的にこの場に引きずり出したのは、雇用主兼親友の村瀬滋子(むらせしげこ)その人。

思い起こすほど昔ではないが、そうそれは3日前。

『お願い!私を助けると思って!ね?一度でいいから、会ってお話してくれればいいんだよ。イケメンだし、3高ならぬ3優だし、目の保養にもなるからさ。清乃の妄想も捗るよぅ、きっと。時給も出すからさ』

“3高とは、高学歴、高収入、高身長、だったか?いつの時代の誰のニーズだよ、てか、目的すらわからない。つーか、3優···とはなんぞや···?”

仕事の延長で、3次元(リアル)男子に興味がない清乃には、滋子が捲したてる言葉すべてが、無意味かつ謎のワードだったのだが、その日、仕事のノルマに追われ壊れかけていた清乃。

そもそも、長文を理解することが難しくなっている程度には疲れ果てていた。

そのためか、しつこい滋子に

「時給5万円と有休3日確約ならいいよ(ドヤ〜)」

などと、無理難題を吹っかけて断ったつもりが、まんまと了承されてしまい、現在に至ってしまう。

『うっかりさん』

と、微笑んだ悪魔の滋子を思い出すと癪に触るが、今は思考から外すしかほかない。

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