恋文の隠し場所 〜その想いを読み解いて〜

趣味の開拓

「ああ、すみません……」

 またやってしまった。

 私、宍戸(ししど)杏凪(あんな)のいつものおっちょこちょいに、支店長は笑いながら「いいっていいって」とテーブルにこぼれたお茶を拭いていた。

「パソコンにも書類にもかからなかったからね、むしろいつも淹れてくれてありがとう、杏凪(あんな)ちゃん」

 優しい微笑みを私に向ける支店長。のほほんとした社風は、この会社のいいところだ。
 この支店には、女性社員は私の他にパートさんが2人。3人併せてこの支店の事務を担っている。

 事務員は月の初めはやることも少ないので、お茶を淹れたり掃除をしたりする。時折、営業の資料をまとめたりするのを手伝ったりもする。
 月終わりに近付くと、事務員が忙しいのを知っている皆は、各々お茶を淹れ仕事をこなし、残業が増えることもあるが誰も文句を言わず静かに時間が過ぎていく。
 よって、私の仕事も増えることはない。

 それでいて、うっかりミスも誰もとがめない。
 優しい皆が、笑って許してくれる。
 やった仕事を、労ってくれる。
 とても恵まれた環境だと、思う。
 現に、とても居心地がいい。

 けれど時々、不安になる。
 私のうっかりのせいで、いつかこの支店を潰してしまうのではないか、と。

 お茶をこぼすのは日常茶飯事。
 営業の資料のページをひとつ間違えて綴じたときには全員総出で慌ててホチキスを外し、組み直してくれた。
 備品の発注を桁をひとつ間違えたまましてしまい、大量の資材が届いた時も、皆が「大丈夫、ミスは誰にでもあるもの」と慰めてくれた。

 その温かさが、私を甘やかす。
 けれど、その甘さは不安にもなる。

 もし私のせいで大損失が生まれたら、会社が傾く。
 会社が傾いたら、皆の生活が――。

 ダークになった思考は、給湯室で長い溜息になった。

「若い子がそーんな湿気(しけ)た顔してんじゃないわよ!」

「光子さん……」

 光子さんはパート従業員で、かつては正社員だったベテランさん。結婚を機に寿退社したが、子育てが一段落して我が社にパートとして戻ってきたのだ。

「またくだらないことウダウダ考えてたんじゃないでしょうね?」

「だって、私って何やったってダメダメじゃないですかぁ。支店長のお茶、またこぼしちゃって……」

 思わず弱音を吐くと、光子さんは「またその話か」と、わざとらしく大きな溜息をこぼした。
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