恋文の隠し場所 〜その想いを読み解いて〜

別世界の人

 それからしばらく、個展の準備で忙しくなるからと、先生との恋文解読はなくなった。

 毎週土曜に習字教室に通えば、先生には会える。けれど、個人的なやりとりはなくなり、手を挙げ見てもらう時だけが私と先生の会話になった。

「先生、どうですか?」

 書き上がった文字を添削してもらう。先生が、私の書いた文字に朱を入れていく。

「だいぶ上達しましたね」

 微笑まれれば、胸が高鳴る。けれど、それは生徒である私に向けられたもので、それ以上の意味はない。

 そう思えば、余計に胸が苦しくなる。

 ――好きだなあ。

 会う時間が少なくなれば、自然と先生と過ごした時間が恋しくなる。
 それで、より『好き』の気持ちを募らせてしまう。

 ◇◇◇

 仕事では月末の忙しさが開け、平和な月始めがやってきた。
 今日も今日とて、事務の私はお茶を淹れる。

「支店長、お疲れ様です」

 そう言って、盆から湯呑を持ち上げた。

「……あ!」

 やってしまった。
 倒れる湯呑、溢れるお茶。

「あら、珍しいね、杏凪ちゃんが」

 店長は机の上の資料やパソコンにお茶がかかってないことを確認すると、笑ってそう言った。

「え……?」

「ここのところ、落ち着いていたじゃない。杏凪ちゃんの、おっちょこちょい」

 布巾でテーブルを拭いていた手が止まった。

 ――おっちょこちょい、直ってた?


 支店長のデスクを片付けて、給湯室に戻ると光子さんがいた。

「光子さん!」

「あら、杏凪ちゃん。どうしたの?」

「ああ、お茶、零しちゃって」

「へえ、珍しいわね。最近は減ってたのに」

「光子さんもそう思いますか!?」

 思わず前のめりになってしまったらしい。
 光子さんはそっと私の胸を押しながら言った。

「うん、そう思うっていうか事実でしょ。あら、自分で気づいて無かったの?」

「全くの無意識ですよ! わあ、すごい!」

 書道の集中力のおかげか、リフレッシュのおかげか。そういえば、このところマイナス思考も少なかった気がする。

「……何かあったのね」

 光子さんは私の手元を見て、そう言った。

「だってうっかりお茶こぼしちゃったんでしょ? それは、何かあったってことよ」

 鋭く光る光子さんの眼に、本当のことを言えという圧。
 お茶に濡れた布巾を洗いながら、私は仕方なく白状した。

「書道教室の先生と、ちょっと色々あって……」

「え!? 色々っ!?」

 案の定、光子さんは食いついてくる。

「ランチの時に、詳しく訊かせて頂戴!」
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