恋文の隠し場所 〜その想いを読み解いて〜
「宍戸さんは、ドキっとすること言いますね」

 え? と先生の顔を見る。頬を染め、微笑んでいた。

「そんなこと言われたら、期待してしまうじゃないですか」

 目が合って、面映ゆい空気に胸がくすぐったくなった。

「あはは……」

 ごまかすように笑ったけれど、見事に棒読みになってしまう。慌てて何か言わなくてはと、口を開く。

「出演料くれ、とか言わないでくださいよ? ……あ、書道家ってメディアとか出るんですか?」

 何気なしに聞いたが、先生は一瞬顔を伏せてしまう。

 ――あれ、私、マズった?

「私、メディア苦手なんですよね。だから、ほとんど出ていなくて」

「……すみません」

 先生は笑顔で話してくれたけれど、触れてはいけないことに触れてしまったようで、今度は私が俯いた。

「いえ。親にも克服しろとは言われるのですが、どうも苦手で。たまに来るオファーも、全て断っているんです」

「そうなんですね。私はメディアのオファーがあるだけですごいと思いますけど……」

 なんて、一般人の感想しか出てこない。気の利いたことを言えなくて、悔しい。
 先生は自嘲するように鼻から息を漏らした。

「自分は、親がすごいってだけで注目を浴びてきた節がありまして。メディアの前に立つと、自分の価値を『鶴田政之助の息子』に凝縮させられる気がするんです。
 恵まれた環境で、書道をやってこれたのはありがたいんですけど、じゃあ自分の価値ってどこにあるのだろうと、迷うことがあるんです」

 先生はおどけるように笑って、「だから、書道教室をやってみたりしてるんですよね」と付け加えた。

「私はこんな人間なんですよ。幻滅しました……?」

「いえ、全然! むしろ、すごいなあって、努力の人なんだなあって思いました!」

 本心だった。
 私はいつも、仕事でのミスを周りにフォローしてもらっている。私生活も、特にやりたいことも見つけられず、何となくで生きてきた。
 私の価値はなんだろう、なんて考えたこともない。だから――

「『自分の価値』は、先生が先生であるだけでそこにあるんだから、それで良いんじゃないんでしょうか?」

 先生がこちらに振り向く。優しく微笑まれ、胸がドキンと跳ねた。

「宍戸さんは、不思議な人だ」
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