恋文の隠し場所 〜その想いを読み解いて〜
 勇気を出して書道展に来た。けれど、来たことを後悔した。

 最終日の夕方ということもあり、会場は人が多い。受付を済ませて先生の作品を見るけれど、どれも力強い文字が書かれていて、その迫力に圧倒された。

 ――この大きいのは、先生の家にあったやつだ……。

 一際大きな展示を見上げた。けれど、すぐにため息が溢れた。
 私が一度、ダメにしてしまったものだから。
 あの日、私はこの紙を、滑って転んで、墨をつけて、皺だらけにした。

 ――書き直したんだよね、これ。

 色々と先生がかけてくれた優しい言葉は、本当は私をフォローするための言葉だったんじゃないか。
 そんな想像が頭をよぎり、申し訳無さが胸を支配する。
 そこにある文字が生き生きとしていて、間抜けな私を笑っているような気がした。

 ふと、入口付近が騒がしくなり、振り返った。
 先生がいた。
 和装姿で、笑っていた。

 初めて見る和服の恰好良さに見惚れるけれど、同時に思い知る。

 先生は人に囲まれていた。
 メディアが苦手だと言っていたのに、カメラに笑みを向けていた。マイクに向かって、何かを話していた。
 フラッシュが焚かれる先にいる先生は、別世界の人のようだった。

 ――先生は、有名な書道家。
 私なんかが、隣に立てる人じゃない。

 遠目に見つめた。
 ぐっと何かに胸を掴まれたように苦しい。

 近くには行けなかった。
 同じ空間にいるのに、先生は手の届かない場所にいた。

 仕方ない。
 住む場所が違うんだ。
 先生は、書道家で、すごい人の弟子で、期待されているんだ。
 私は、どこにでもいるおっちょこちょいなOL。

 釣り合わない。
 でも、これでいい。
 恋文の解読は、いい思い出になった。
 素敵な夢を見させてくれた先生に、お礼をしなきゃ。

 私は先生に挨拶はできなかったけれど、心のなかで「ありがとうございます」と礼をして、個展の会場を後にした。
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