恋文の隠し場所 〜その想いを読み解いて〜

先生の本業

 その後、先生は入会後の説明や必要な道具等を丁寧に説明してくれた。

「書道の道具は、お貸ししますね」

「え……?」

 にこやかに言われ、思わず先生をまじまじと見つめてしまった。

「いいんですか?」

「はい。学生さんなら学校で使うから皆さん書道セットをお持ちですが、宍戸さんは社会人でいらっしゃいますし。あ、もしもうマイ道具をお持ちだったりとか……?」

 先生は焦ったように言う。

「いえ、そういうんじゃないんですけど、でも申し訳ないなぁって。あ、ほら、家でも練習したくなるかもしれないし!」

「そういうことですか」

 先生はうんうんと頷き、続けた。

「それなら、道具は自宅に持って帰っていただいても大丈夫ですよ。 ……あ、でもケースとかもろもろ家だな……」

 先生はブツブツと言いながら、顎に手を当て考え始める。

「じゃあ、今から来ます? 私の家」

「はい……!?」

「あ、少々散らかってますが……」

 先生は恥ずかしそうにはにかみながら、私にノーと言う隙を与えずに大きな荷物を持ったまま教室を出ていく。

 私は仕方なく、先生についていくことになった。

 ◇◇◇

 先生は近くのコインパーキングに車を停めていた。お昼が近かったので、駅近くのカフェで一緒に昼食を取ることにした。

「宍戸さんは、どうして習字を習おうと思ったのですか?」

 ――そりゃ、そう言う話になるよね。

 運ばれてきたパスタを頬張りながら、先生に訊かれた。別に隠すことでもないので、洗いざらい話す。

「私、すんごいおっちょこちょいなんですよ。それで、会社の先輩の光子さん――あ、マキちゃんのお母さんなんですけどね、彼女に勧められたんです。趣味の一つもないから、そういうことになるんだって」

「そうでしたか……」

 先生は優しくフフっと笑った。何だか気恥ずかしい。

「でも、書道は書くだけでリラックス効果があるとか、集中力を高めるといいますし、いいかもしれませんね」

「は、はい……」

 フォローしていただいて申し訳ない。

「先生も、リラックスします?」

「そうですね……」

 先生は複雑な笑みを浮かべた。聞いちゃいけなかったかな、と目を伏せると、「大丈夫ですよ」と気を使われてしまった。

「……でも、どうでしょう。子供の頃から、ずっと書道と共にある人生なので。……リラックスといえばそうですし、緊張といえばそうでもあります。迷ったり、悩んだり、色んな思いですね」

 先生はため息の代わりみたいに微笑んだ。

「父親が、鶴田政之助(まさのすけ)なんですよ」

「鶴田……まさの……すけ?」

「あ、知らない……ですよね」

 先生はハハっと笑った。何となく気まずい。

「書道では有名な方なんですか?」

「一応、書道界では重鎮と言われています」

「じゃあ、先生ももしかして書道界では有名な……っ!」

 急にすごい人なんじゃないかと思いはじめた。経験を積むために、若くして書道教室を開いているのでは? そう思えば、辻褄が合う。

「私なんて、足元にも及びません」

 先生の言葉は、謙遜なのかそうでないのか、私には分からなかった。
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