月下の逢瀬
『違っ……、コウ……』


『コウ? 晃平、だろ?』


自分の声が無機質なものになって。
それまで熱を帯びていた体が、すう、と冷えていった。

愛おしいはずの体を押しのけて、背中を向けてタバコに火をつけた。

佐和から、兄貴を完全に消せたとは思ってなかった。
けれど、佐和の心にはちゃんと自分がいると、そう信じてたんだ。

自分の気持ちが、佐和に何も届いていなかったことに、ショックよりも怒りを感じて。


『ごめんな、さい……』


呟くような小さな声に、肌が粟立つような苛立ちを覚えた。
それはまさしく、今までの俺という存在を、兄貴の代替だと認めたということなのか。

そして、佐和に対して、言ってはいけない言葉を、不用意にぶつけてしまった。


『子を産めない佐和が、祐子さんに勝てるわけないだろ。もう捨てられてるって気付けよ』


く、と佐和の息が止まった。
長い沈黙。
タバコの葉の燃える、チリチリという微かな音がやけに耳についた。


『……捨てられたの? 晃平の横には、もうあたしはいられないの?』


縋るような声。
苛立ちははっきりとした怒りに変わる。


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