月下の逢瀬
苦笑しながら出てきたのは、理玖だった。
腕に抱きつく玲奈さんの頭を、軽く撫でる。


「だって理玖ってばのんびりしてるんだもん」


猫のように甘える玲奈さん。

胸がきりりと痛んだ。

早く、通り過ぎよう、足を早めた。


「あ! 椎名ちゃん。久しぶりっ」


すれ違う寸前、玲奈さんの言葉があたしを捉えた。


どくん。血液が冷めたような音がした。


「……あ、久しぶり」


「クラスが違うとなかなか会わないよねぇ。元気?」


にこやかな玲奈さんに、曖昧な笑みで頷く。
笑み、あたしはちゃんと笑えてるだろうか。


「今からさー、こないだオープンしたケーキショップに行くんだ。椎名ちゃんはもう行った?」


「まだ。でも、すごく人気なんでしょ? 未だに行列ができてるって聞いたよ」


「えー、並ぶのかあ。ほら、理玖。早く行かなくちゃ!」


玲奈さんは絡めた理玖の腕を引っ張った。


「……ん、行こうか。じゃあ、椎名さん、ばいばい」


にこりと笑みを浮かべる理玖。


「ばいばい。宮本くん、玲奈さん」


「うん。じゃーねっ」


急かすように歩く玲奈さんに、困ったように笑う理玖。
その遠ざかる背中を見送った。


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