人魚な王子

第6話

 それから毎日、僕たちは待ち合わせて登校し、帰りは奏を駅まで送った。
二人で遊園地と水族館へ行き、映画も見に行った。
スケートにも行ったし、公園でこっそり小さな花火もした。

「私も、宮野くんの本当の姿を見てみたかったな」

 冬休みが始まる学校最後の日、教室の外にはちらちらと雪が舞っていた。
奏の髪は肩まで伸びて、くるくるはもっとくるくるになっていた。
僕は彼女の跳ね上がった毛先を指に巻いて、するりとほどけるのがまた跳ね上がるのを楽しんでいる。

「私だけなんだよね。本当の姿を見てないのって」
「今の僕が、今の本当の姿だよ。だから奏にとっては、これが本当の僕のままでいて」

 お正月とやらのカウントダウンに行って、朝日が昇るのを一緒に見た。
水平線から昇る太陽は、暗い海を赤く輝かせる。
お正月は神社でおみくじをひくものだというから、奏と一緒にそこへ行った。
入り口の鳥居は、海の底にも見たことがある。

「これ、知ってるよ」
「海にも同じのがあるの?」
「置いてある。僕の『宮野』っていう名前は、ここから取ったんだ」

 僕はなんだかちょっとうれしくなって、海の話しをする。

「海岸線はね、岩でごつごつしてて、上りにくいところとそうじゃないところがあるんだ。人が整備してるところへなんか行かないよ。そういうところは壁が真っ直ぐで高くて、こっちからは見えにくいからね。上りにくいし。なにより見つかるのが怖いから。お日さまに当たりたい時は、人間の船なんかが滅多に来ない、沖の小さな孤島に……」

 ぎゅうぎゅうの人混みの中で、奏は僕の手に触れると、それをぎゅっと握りしめた。
僕はそんな彼女の指先にキスをする。

「奏の手、あったかい」
「宮野くんの手も、あったかいよ」

 奏の髪はもっと伸びて、特徴的だったくるくるが少し落ち着き始めていた。
ようやく最前列について、大きな鈴を鳴らす。

「こういう建物だったんだ」
「この扉の向こうに、神さまがいるの」

 奏はそういうと、両方の手の平を合わせ、目を閉じる。

「それで、神さまにお願いごとをするの。願いが叶いますようにって」
「陸の神さまは、祈っただけで願いを叶えてくれるの?」
「願いを叶えるのは自分自身だけど、応援してもらう感じ?」
「だとしたら、随分優しい神さまなんだね」

 僕の知ってる海の神さまとは、大違いだ。

「海の神さまは、もっと怖いよ」
「海の神さまに会ったことあるの?」
「ある。凄く怖い」

 奏に教わった通り、僕は陸の神さまに祈る。
僕の願いは叶わなくても、奏の願いは叶いますように。
隣で祈る奏は、何を願っているのだろう。
合わせた手を下ろすと、彼女と目があった。
僕たちはゆっくりと微笑み、ぎゅっと手を繋ぎ合う。
穏やかな時間が流れていた。
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