転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします

逸生さんを想像して、何だか無性に会いたくなった。彼の煙草の匂いとムスクの香りに包まれたくなった。

思わずしんみりとしてしまい、誤魔化すようにグラスの中のカクテルを飲み干した私は、続けて新しいカクテルを注文した。


「小山さん、私はあと少しの時間を楽しみたいんです。しんみりするんじゃなくて、楽しみたい」

「…うん」

「他には何をしたら喜んでもらえますかね。私そういうの疎くて。例えば専務の好きな食べ物とか、趣味とか…」

「うーん、呼び方変えてみるとか?」

「…呼び方?」


思いもよらぬ回答に、思わずきょとんとしてしまう。


「呼び捨てにしてみるとか?あとは…いっくんとかどう?」

「…そんなので喜びますかね」

「あいつなら喜ぶよ。中身はクソほどピュアだから」


呼び捨ては、さすがに「この無礼者!」って怒られるかな。でもいっくんなら…稲葉さんも呼んでたしいけそう?

あれ、ちょっとお酒が回ってきたせいか、あまり正常に頭が働かない。とりあえず逸生さんに会いたい。


「ていうか“あと少し”ってことは、岬さん、やっぱ仕事辞める気?」

「……」


鋭い指摘に、後ろめたい気持ちを抱えながらも、静かに頷く。


「まだ専務には伝えていませんが…入ったばかりなのにご迷惑をお掛けしてすみません。また小山さんの仕事が増えてしまいますよね」

「そうだな。想像しただけで地獄なんだけど」

「ですよね…申し訳ないです。でも専務が他の人と幸せになる姿を、そばで見るのはつらくて」

「まぁそうだよな。こればっかりは仕方ないか」


小山さんが小さく溜息を吐いた直後、店のドアが開いたのが分かった。無意識に視線を向けると、そこから姿を現したのは、ずっと会いたかった彼だった。


「専務、お疲れ様で…」
「なんでふたりきりなんだよ。他のメンバーどうした?」


急いで来たのか、息を切らしているように見える逸生さんは、私と小山さんを交互に何度も見たあと「小山、お前絶対許さん」となぜか不機嫌な声を放った。

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