新そよ風に乗って 〜時の扉〜

毛嵐

「今、マンションの前の道に着いたから、降りて来てくれるか」
「は、はい。今、行きます」
結局、何処に行くのか、わからないまま土曜日を迎えていた。朝、家まで迎えに行くと高橋さんに言われ、前の晩から落ち着かず、今朝も早くから目が覚めてしまい、準備を整えて高橋さんを待っていた。
「おはようございます。お待たせしました」
「休みの日なのに、悪いな」
「あっ、いえ、そんなことないです」
休みの日なのにっていうことは、やっぱり仕事なの? 仕事だと思うと、何となく少し落胆してしまう。しかし、休日なのに、高橋さんに会えるというのは嬉しかったりもする。昨日、私服で良いからと言われたけれど、一応、社会人らしい服装を心がけたら、結局、いつもと同じ服装になってしまった。でも、高橋さんも今日はスーツを着ていない。そう、初めて見る高橋さんの私服だった。
半袖の白のポロシャツに、グレーのパンツ。ふと見ると、濃紺のコットンセーターが後部座席に置かれていた。第一印象から、お洒落な人だとは思っていたが、私服もやはり嫌みのないさり気ないお洒落をしている。ベルトのカラーとローファーの靴のカラーをモカで合わせ、そして、いつもながら靴は綺麗に磨かれていた。
「乗って」
「はい。あっ、すみません。ありがとうございます」
ドアを開けて、高橋さんが私を助手席に座るよう左手で誘ってくれて、シートに座るとドアを閉めてくれた。
何か……。大人の雰囲気を醸し出している高橋さんに接していると、学生時代とは全く違った世界に居るような気分になる。社会人の男性はこんなにも大人なんだと、改めて実感した瞬間だった。
「……、何をしているの?」
「えっ?」
思わず、自分の世界に入ってしまっていて、高橋さんの言葉を聞き逃してしまった。
「フッ……。緊張しているのか? 俺の運転は、そんなに不安か?」
そう言うと、高橋さんは悪戯っぽく笑った。
「そ、そんなことないです。絶対、ないですから」
慌てて否定したが、そんな私を見て高橋さんは笑っている。
「休みの日は、何をしているの? と、聞いたんだ」
そうだったんだ。
「休みの日ですか? だいたい、部屋の掃除をしたり、洗濯をしたりして終わっちゃいます。ボーッとしていることも、多いんですけれど」
これといって用事でもない限り、休みの日は家に居ることが多い。学生の時もアルバイトの日以外は、殆ど家に居ることが多かった。まして今は、土日休みの会社なので、何処に行っても混んでいるから、買い物に行ったとしても目的を果たすと直ぐに帰って来てしまっていた。人混みは苦手だし、疲れるから。
「そう。土、日は、何処に行っても混んでいるしな」
高橋さんも、そう思うんだ。そんな高橋さんは、休みの日は何をしているんだろう? 彼女とデートとかしているのかな?
「高橋さんは、お休みの日は何をされていらっしゃるんですか? 彼女とデートとかするんですか?」
もし、デートもすると言われたらどうしよう。聞かなければ良かった。でも、聞きたい気持ちも少しだけある。きっと高橋さんぐらいの人だったら、沢山女性が寄ってくるだろうから、彼女に不自由はしていないだろうけれど……。
「俺も休みの日は、だいたい家に居ることが多いかな」
えっ?
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