麻衣ロード、そのイカレた軌跡/補完エピソーズ集
その16
夏美



”あの人”から電話だわ…

「お待たせしました。夏美です」

「ああ、夏美、突然すまない。勉強中だったかな?」

「ううん。マンガ読んでた。ふふっ…」

「そうか…。はは…、マンガ中、悪い。あのさ…、さっそくなんだけど、夏美の力を借りたいんだ…」

「えっ?どうしたの…、南部さん」

南部さんの口調は、どこか重苦しい感じがした

何かあったんだろうか…


...



「明日、うちに来れないかな。弟と会ってもらいたいんだよ」

「テツヤ君に?」

「うん。アイツ、ケイコちゃんと何かあったらしくて…。様子がちょっとさ…」

「えー!それって、ケンカでもしたとかじゃないの?」

「今晩は9時近くまで出かけててさ、おそらくケイコちゃんと一緒だったと思うんだ。それで、さっき彼女の家に電話したみたいなんだが、向こうが話したくないって、電話に出なかったらしい…」

「まあ、ケイコが…」

「それでアイツ、泣いてるんだよ、部屋で。あの弟がそんな風なのって、記憶にないしさ。仮にケンカしたんでも、妙に気になるんだよ。とりあえず今日はそっとしといて、明日、二人で話を聞いてみたいんだ。テツヤ、お前にならケイコちゃんのことも、素直に話すると思うからさ…」

「わかったわ。明日、学校でケイコの様子もそれとなく見てみる。その上で行くわ、あなたの家に」

「うん、頼むよ。ただ明日の時点では、彼女には接触しない方がいいと思う」

「そうね。遠巻きで確かめるだけにしときますよ」


...


私たちは明日の時間を決めると、すぐに話を切り上げた

とにかく、明日会ってからだけど…

ケイコとテツヤ君なら、痴話喧嘩くらい心配いらない

でも、南部さんの話から察するに、なんか”違う”ようだ

あの二人に、何かただならぬ事態が起きたのかも…

私はある不安を抱いていた


...


そして翌日…

午後4時過ぎ、南部家に到着した

「今日は悪いな、夏美。…そうか、やっぱり彼女の様子からも何かあったって感じだな」

「ええ‥、私もそう思う」

私は学校でのケイコの様子を南部さんに伝えた

昼前、保健室で寝ていたらしいこと、部活は顔だけ出してすぐに帰ったということを

「テツヤは2階にいるよ。夏美が来ることは言ってある。おふくろは6時前には戻るだろうから、それまでに話を聞き終えないとな。さっそくだが、いいか?」

「ええ、行きましょう」


...


トントン…

「テツヤ、夏美が来てくれた。中、入れてくれ」

眼前のドアは部屋の主から声が帰ってくる前に、ゆっくりと開いた

すると、テツヤ君は私の正面に現れた

そして、突然だった

「夏美さーん!オレ、オレさ…」

テツヤ君はいきなり私に抱きついてきた

すでに涙をこぼして泣いてる…

「テツヤ‥、とにかく部屋の中で話そうや…」

南部さんがそう言うと、テツヤ君は私を体から離し、「うん」と頷いた

目頭に手をあてがいながら…


...


「どうぞ…。散らかってますが…」

床にはギターケースが横たわり、壁にはアイドルのポスター…

いかにも今時の高校生といった部屋だった

私たちはジュータン敷の床へ、輪になるように座った

「…テツヤ、横田ケイコちゃんと何があったか聞かせてくれ。お前の昨日の様子じゃ、ただの口げんかって感じじゃなかったし…」

テツヤ君はしばらく沈黙した

私たちはさらに言葉をかけることはせず、彼が口を開くのを待ったわ


...


ガタンゴトン、ガタンゴトン…

窓の外からは電車が通過する音が大きく響いた

それは、この部屋の静寂が非日常空間だぞ、というメッセージに聞こえたわ

そうか…、この家、線路のすぐ脇だったんだよな

全力疾走の電車が通り過ぎたあと、テツヤ君は視線を伏せたまま話し始めた

だがそれは、ぼそぼそと、いつものテツヤ君とは程遠い暗いトーンだったわ…


...


「昨日の夜…、中央公園で黒沼の女の子と会うことになってたんだ…。どうしても、話がしたいって。ずっと言われてたんだけど、オレ…、断り続けてた。でも昨日は、”来なきゃ、死んでやる”って錯乱状態でさ…、例の合同部活動ん時も…。そこにはおけい、まだいなかったけど…」

どうやら、テツヤ君の取り巻き連中の行動は、聞いていた以上にエスカレートしていたようだわ

「そしたら…、”誘って”来たんだ。香水匂わせて。そのうち服脱ぎだして、抱いてくれって…」

「お前!それで誘いに乗ったのかよ!」

南部さんは思わず大声を出した

テツヤ君の一言で興奮した南部さんからは、その体温が伝わってくる感じがしたわ

「南部さん、ここは落ち着いて…。ねっ…」

私は左手で南部さんのあぐら状態の膝に手を乗せて、それはたしなめるような口調だったわ




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