彫刻
「どちらの家にお住まいかご存知ですか?」

「あんたの目の前だよ」

「やっぱりここでしたか、表札になんにも書かれてないもんですから」

「ほんと、変わってるよねぇ、名前ぐらい入れりゃいいのに。郵便屋さんどうすんだよ、手紙、家の前まで持って来て名前がなかったら困っちゃうだろうにねぇ、あんたそう思わないかい?」

「え、えぇ、そうです・・かねぇ・・・、あの、石田さんのこと他にご存知でしたら教えてもらえませんか?なんでも結構なんで。あ、申し遅れました、わたくし、こういう者です」

「え~?記者の方?なにかあったのかい?あの人なにかしたのかい?」

そのおばさんは、よほど退屈な時間を過ごしていたようだ。名刺を見たとたんに興味津々で食いついてきた。

「いえ、これはご本人の名誉のために言っておきますが、事件とか犯罪とか、決してそういうことではありませんので、くれぐれも誤解の無いようにお願いします」

暇を持て余した肝っ玉かあさんはそんなことはどうでも良い。とにかく退屈しのきに絶好の相手を歓迎した。私になんでも聞きなさいと顔に書いてある。

どのくらいの時間、立ち話しただろうか。結局ほとんど石田の詳しいことは知らず、世間話や自分の苦労話や愚痴に長々とつきあわされた。しかし、悪い印象を与えると、後で石田本人に何を言われるかわからない。じっと「聞き上手」になって我慢した。

まだまだ演説は続くようだったが、スーパーのセールを思い出したらしく、慌てて退散した。やっと開放された黒川は、車に戻りおばさんから得た情報を手帳に整理した。

「年齢は確か34歳。同い年でしっかり者の妻と、小学生の娘の三人家族。通勤時間の朝7時頃と夕方8時前後以外はほとんど見かけることはない。会社の休日はおそらく一日見かけない土日と思われる。ここへ引っ越してきたのはちょうど10年前、結婚してすぐに、売れ残っていたここの新築を格安で買ったらしい。どこから越してきたかは不明、誰が聞いても教えてくれない。っと。まぁこんなもんかな・・・そもそも名前も知らない相手をそんなに詳しく知ってるはずないか」


「さぁて、またあの人に助けてもらおうか。またこんな少ない情報で無茶言うなよ!って怒られちゃうだろうけど・・・」 
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