彫刻
表札
石田を降ろした場所に着いたのはもうお昼前だった。適当な場所に車を駐車し、辺りを見渡した。郊外の、人が住みだしてまだそんなに長くは経っていない住宅地だった。どの家も敷地はたっぷり余裕があり、道幅も広くきれいに整備されているので車で運転しながらでも探せそうだったが、情報収集は歩くのが鉄則だ。

「さて、と。飲んでたし、夜だからそんなに遠くでは降りないでしょう。絶対見つけてやる」

10分も歩けば見つかるだろうと判断し、一軒一軒表札を確認していく。しかし、いくら探しても「石田」と書かれた表札がいっこうに見当たらない。彼を降ろした場所を中心にもう50~60件は歩いていた。ただ、一軒だけ表札に名前が書かれていなかったのが気に掛かる。

「彼がほんとうにこの住宅地の住人で、苗字と違う家に住んでいるんじゃなかたっら、もうここしかないわね」

黒川はもう一度、表札に名前のないその家に戻り、しばらく観察した。玄関前に置かれた小さい自転車、ベランダに干された洗濯物の種類、彼ぐらいの年齢から家庭を想像したらちょうどこんな雰囲気だろう。

「ちょっと、あんたさっきからこの辺りをウロウロしてるみたいだけど、なにか探してるのかい?」

プードルを連れた、いかにも肝っ玉かあさんという感じの50前後の女性が声をかけてきた。

「こんにちは、あの、石田さんというお宅を探しているんですが、ご存知ありませんか?」

「石田さん?石田ってちょっと聞き覚えがないねぇ。どんな人?」

「30過ぎぐらいの男性で、ちょっと言い難いんですけど、歩くときこう、背中を曲げて・・・」

黒川は、石田の特徴を真似ながら説明を始めると、そのおばさんはすぐにわかったようだった。

「あぁ、あの人。石田さんていうのかい、名前は知らなかったけどあんたの身振りですぐにわかったよ。なんかいつもうつむいたまま話すもんだから最初は少し嫌な感じしてたんだけど、あいさつはちゃんと向こうからしてくるし、あの変な癖さえなけりゃとっても良い人なんだけどねぇ」
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