彫刻
黒川が色々話題を変えながら話しかけても、一言も返事は返ってこない。「寝てしまったのかしら?」そう思ったときだった。

「黒川さんだったね。今回のように行き当たりばったりで『恐怖体験』を追いかけるのはやめたほうがいい。そういうときこそ不意に出くわしてしまうものだ、そのときにはもう手遅れなんだ。君はきっと後悔することになる」

今までのしっかりした口調ではなかった。低く、沈みきったその口調は、黒川の全身に、寒気と鳥肌を伝染させた。

いったい何に出くわすというのだろう。

『得体の知れぬ冷気を感じたら、もうすでに恐怖の檻の中』

ふと、誰かが書いた雑誌のフレーズを思い出す。

黒川は少し気になって石田の方を見たが、相変わらず向こうを向いたままじっと外を眺めている。すぐに前を向き直ったので彼女は気づかなかったが、通り過ぎる街頭の明かりに照らされた石田の顔が時々窓ガラスに映る。両目の部分が繰り抜かれたようにぽっかり穴が開いた暗い顔が。

「次の信号を左に入ったところでいいよ。悪かったね」

「あ、わかりました。えっと、やっぱりお話は聞けませんか?もしまた気が変わったら連絡もらえません?よかったらこちらからさせていただいても?」

「ほんと、君のプロ魂には感心するよ。うちの営業にスカウトしたいね」

石田は車から降りながら冗談交じりにそう言うと、助手席のドアを少し力を込めて閉めた。

「はぁ、あの独特の雰囲気には負けたなぁ。今日の私、全然、粘れなかった。・・・ほんとにただ送っただけなんて・・・しょうがない、また出直すか」

運転席で独り言をいいながら、ゆっくり発進させた。車の後ろで彼女を見送っている石田の姿がルームミラーに映っていた。

「ふ~ん、ミラー越しならちゃんと正面向いてくれるんだ」黒川はそう呟きながら、室内灯を点け、ルームミラーの石田に頭を下げた。

しかし、石田は、見送っていたわけではなかった。ただ、じっとルームミラーに映った彼女の目を見ていた・・・。
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