彫刻
編集長
次の朝、小さな出版社のオフィス。

「おはようございます、早いですね編集長」

「おう、おはようスミちゃん。君があんまり頑張るから、わしの仕事増えてしもて、もうわややがな」

関西弁を話す少し小太りの男のデスクは書類でいっぱいだった。いつもの眠気覚ましのコーヒーをすするのはいいが、書類のあちこちがカップを置いた丸いシミで汚れている。

社長兼編集長、笹本 コウ 52歳。関西出身。大手出版社で長年勤めたが、自由のない大手の方針が気に入らず、45歳で上京し独立した。社員は黒川を含め6人。こんな小さな会社がなんとか安定してやっていけるのも黒川のおかげだと心から感謝している。場をなごませるおおらかさと、こてこての関西弁で憎めない男だが、時折見せる冗談とも本気ともつかない天然ぶりには、ひんしゅくをかうことも少なくなかった。

「ところで、昨日の取材どうやった?なんかええネタあったかいな?」

「ぜ~んぜんだめ。どこで拾ってきたんですか?あの情報。編集長が一押しだって言うから奮発して料亭に呼んで取材したのに大外れ。急用で領収書をもらい損ねましたけど、経費でしっかり請求はさせていただきますから!」

「ほんまか、そりゃ済まなんだなぁ。しかし、君が領収証をもらい損ねるほど慌てるて、いったいどないしたんや?」
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