彼の素顔は甘くて危険すぎる

(ひまり視点)

不破くんに連れられ、Rainbow Bridgeの本社ビルにやって来た。

『社長が会いたいらしい』と言われて来てみれば、なんと『SëI』の専属絵師としてのライセンス契約の話で。
最初の方の説明なんて、正直受け止めきれずに何を説明されたのか、覚えてない。

隣りに座る彼はいつも通りで、飄々としてる。

既にプロとして活動してる彼だから、こういう契約自体も慣れてるんだろうけど。
自宅の病院以外でアルバイトもしたことがないのに。

社長と呼ばれる人と、書類を前にして話すこと自体が非現実的で。

脳内が軽く十周くらいフルマラソンした気分。
完全に真っ白で、思考が追い付かない。

GWの時に彼が言っていた意味が漸く理解出来た。
要するに、プロの絵師としての私と契約したいということ。

まだ美大にも合格してないのに、本当にいいのかな?

彼氏だから贔屓目で見てくれてるのは分かるけど。
『SëI』と言ったら、今や巷で大人気のアーティストで。
今年のCD売り上げ枚数もダントツの1位の人だよ?

その人のジャケットの表紙が私の作品とか、ありえない。
夢であっても嬉しすぎる夢なのに。

これって、ドッキリとかじゃないよね?

「どした?」

私が急に部屋中を見回し始めたから気になるようで、不破くんが声をかけて来た。

「これって、ドッキリじゃないの?」
「フッ、……んなわけねぇだろ」
「じゃあ、ここ抓ってみて?」
「痛いぞ?」
「いいから、思いっきり抓ってみて?」

彼に右頬を差し出してみた。
すると、細長い指が頬を抓み上げる。

「………っ……ん、痛いのは確からしい」
「フフフッ」
「ひまりちゃん、面白い子だね」

社長さんに笑われた。
けれど、それでもまだ信じがたい。

< 191 / 299 >

この作品をシェア

pagetop