彼の素顔は甘くて危険すぎる

ほら来た。
やっぱり私だ。
隣りの席に座った彼に挨拶をする。

「学級委員長の橘ひまりです。よろしくね」
「………」

再び彼は無言で頷いた。
やっぱり日本語が話せないのかな?
言ってることは分かってるっぽいけど。
咳き込んでたし、もしかしたら声が出ないのかも。
まぁ、無理に話さなくてもいいか。

***

放課後の教室。
続々とクラスメイトが下校してゆく。
隣の席の転校生も荷物を纏め始めた。

「不破くん、少し時間ある?校内案内するけど」
「………」

手元の荷物からほんの少し顔を上げた彼。
ずり落ちた眼鏡を持ち上げ、小さく頷いた。

「ひまちゃん、また明日ねぇ~」
「うん、また明日~」
「橘、またな」
「小関くん、気を付けてね~」

帰宅するクラスメイトを見送り横に視線を移すと、怠そうに腰を上げた彼。

「行こっか」
「………」

やっぱり返事は無い。
代わりといっちゃなんだけど、無言だけど分かるように頷いてくれる。
無視されてるわけじゃないらしい。

保健室、視聴覚室、音楽室、理科室、進路指導室など、よく使うであろう教室を幾つか案内した。
冷房完備とはいえ、冷え冷えというわけじゃないから、歩けば自然と汗が滲む。

ずっとマスクしてて、苦しくないのかな?
隣りを歩く彼を見上げ、凝視すると、彼はゴホゴホッと咳き込んだ。
風邪ひいてマスクが外せないなら仕方ないか。

一通りの教室をグルっと一周案内した私たちは玄関ホールへと辿り着いた。

「不破くん、スマホ持ってる?」

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