うそつきな唇に、キス
かけられた声。それは、ごくごくそうなることが当たり前かのように、顔が、声が、視線が、その他すべてが彼へと向かう神秘がある。
「はい、」
支えようと伸ばした腕を琴と変わり、不満そうに唇を歪める睿霸に苦笑いを返して、教室の定位置で頬杖をつきながらこちらを見つめる若サマへのもとへ駆けつけた。
「どうしましたか、若サマ」
「…………、書類は、」
「あちらの生徒会長さまにはご確認いただけましたので、後日教師の方にも目を通していただいたのち、若サマのもとへ最終確認のためお届けするとのことです」
確認した場も、わたしが自ら見届けました。
そう笑顔で言えば、若サマは小さく頷いたあと、どこか晴れない表情でわたしに聞こえるか否かの声量とともにぽつりと声を落とす。
「……はやく、」
「?」
「はやくかえってこいと、言ったのに、」
─────あ。
きっと、誰にも聞かせるつもりなどなかったのだろう。それくらい、小さな声だった。
事実、背後でだるそうに喋っている琴と睿霸には自分たちの声で届いていない。
けれど、わたしには届いてしまった。運ばれてしまった。……置き去りに、されなかった。