恋の仕方、忘れました

「今日は接待あるから来るなよ」

「了解です!全然平気です!行ってらっしゃい!楽しんできてくださいね!」

「……それはそれでなんかムカつくな」

「へ?」



営業の仕事をしていると接待なんてよくあることだし、もし相手が女であろうが気にするだけ無駄だ。

それに主任が浮気するなんて思えないし、お酒にも強いから私のように羽目を外すなんてないだろう。

だから安心して送り出せるのに、主任は不服そうな表情で私を見下ろす。



「女もいるぞ?」

「まぁそうでしょうね」

「そこの社長キャバクラ好きなんだって」

「わぁ、私も一度行ってみたいです。聞き上手のテクニックを身につけたい」

「朝帰りになったらどうする?」

「終電逃しちゃったら仕方ないですよね。接待だし、帰りますって言いにくかったりしますし」

「……」



主任にしてはよく喋るなと思いながら、マグカップに二人分のコーヒーを注ぐ。

でも会社でこうして話すことなんて滅多にないから、凄く新鮮で楽しい。



「お前はちょっとくらい余裕がない方が面白いことが分かった」

「え?面白い?」

「なに恋愛マスターしてんの」

「してますか?なら主任のお陰ですね」

「……んー……」



そっかぁ。少し前までは恋愛経験なさすぎて拗らせてたのに、今は恋愛マスターしてるのか。

嬉しいな。主任にそう言ってもらえて。

たくさん迷惑かけてきたけれど、その分成長できた。
それもこれも全部主任のお陰だ。


褒められたことが嬉しくて、つい口元が綻ぶ。

ニヤけながらひとつのマグカップを主任に渡すと、彼はなぜだか険しい顔でそれを受け取った。



「成海」

「はい?」



名前を呼ばれて、弾かれたように顔を上げる。



「ちょ、え」



すると、急に近付いてきた主任の顔。
びっくりした私は、咄嗟にその口元を片手で押さえると、そのままつっぱねた。


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