恋の仕方、忘れました

まだビールを一口しか口に運んでいないはずなのに、既にスケベな目をした課長が、私を舐め回すように見ているのが分かる。

でもこういうのは日常茶飯事なので、積極的に助けてくれる人は主任くらいしかいない。

けれどその主任はというと、私の後ろのテーブルの席、私と背中を向けあった状態で、お局を含む女性社員に囲まれていた。


近いといえば近い距離。
会話だって、聞こうと思えば聞こえる距離。


けれど顔は見えないし、わざわざ振り向いて話しかけるのも不自然で、近いようで遠い距離になってしまった。



「(せっかく一緒に参加したのに。これなら参加せずに主任の部屋に行く方が良かった)」



課長に笑いかけながら、心の中では愚痴がぽろぽろと零れてくる。


主任も同じ気持ちならいいな、と思ったけれど、先日「近くの席に座りましょーね!」と問いかけた私に「嫌だ」と返してきた彼を思い出す。


言われた瞬間はショックを受けたけど、理由を聞けばすぐに納得した。

私が近くにいると寡黙キャラが崩壊しそうだから、という理由だったから。


確かに、私の前だけで見せる主任を他の人に見られるのは嫌だ。

主任は主任で、実は私がアホな人間だということを、他の社員にバラしたくないらしい。


若干貶されている気がするけれど、とりあえず、私達の素の部分はふたりだけの秘密にしておきたいのだ。

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