あなたの側にいられたら、それだけで

 アデルが次に目を覚ました時、誰かにしっかりと手をつかまれていることに気づいた。それがエリオットだと気づいて、彼女は口元に笑みを浮かべた。

「エリオット」
「気がついたのか、アデル!」

 プラチナブロンドの短めの髪に、綺麗な蒼い瞳を持つエリオットが覗き込んできた。必死にも見えるその姿がアデルにある記憶を鮮明に蘇らせた。

「あの日と同じね」
「……あの、日?」
「うん。可愛いあの子を私が産んだ日」

 エリオットの喉から、ひゅっと鋭く息を呑む音がした。

「私が……死にかけた日、ね」

 彼が繋いでいる手にぎゅっと力を込めた。

「もしかして……思い出し、たのか?」
「ええ」

 アデルがベッドに起き上がろうとする素振りをみせると、エリオットが手伝ってくれた。神妙な面持ちのエリオットを見つめて、アデルが呟いた。

「貴方の口から、全部教えて」

 それぞれ男爵家に生まれたアデルとエリオットは、想い想われ結ばれ仲睦まじい若夫婦だった。そしてやがてアデルが一人目の子供を身ごもり、ふたりの幸せは最高潮に達していた。

「この家は、僕達の家だった」
「そうね。あの屋根裏部屋にあったのは、私達の赤ちゃんのものよね?」

 エリオットは頷いた。

「ああ」

 二人は初めての子供を心待ちしていた。
 子供の名前も考え、家を整えた。
 二人の幸せは揺らぐことがない、と信じていた。
 だがあの日、アデルはお産で命を落としかけた。自分はいいから赤ちゃんだけは助けてくれとアデルは魘されるように願った。自分が苦しむ姿を見せたくないとアデルによって部屋に入ることを許されていなかったエリオットは、扉の外でその悲痛な叫びを聞いていた。
 頑張りなさい、大丈夫、赤ちゃんは助かります、赤ちゃんだけではなく貴女も助けますからね!
 医者たちの必死な声を聞きながら、エリオットは家を飛び出した。町で有名な黒魔術師の家にまっすぐに向かったエリオットは、魔術師にひれ伏して願った。
 なんでも与える。自分の命でも魂でも、財産でも。だがどうしてもアデルだけは助けてくれ。自分の愛する妻の命を助けてくれ、と。
 黒魔術師は気まぐれだった。
 応えてくれない可能性もあった。けれどエリオットにとって運が良かったことに、その日の黒魔術師は機嫌がよかった。

『よかったな。赤ん坊は助かるみたいだぞ』
『赤ん坊は、ということは、アデルは、俺の妻は!?』

 黒魔術師はニタリと笑った。

『確かにお前の妻の魂は今、現世から離れようとしているな――ふん、お前のような美しい男が泣きながら這いつくばっているのを見るのは気分がよい。よかろう、力を貸してやる――だがね』

 対価はエリオットの人間としての瑞々しい生命。その命は黒魔術師の何よりの滋養になるのだという。エリオットの魂は死に、不老不死となって、永遠にこの世を彷徨う存在になる。
亡霊と同じだよ、と黒魔術師は言った。
その上で、アデルにかける魔法は、あまりにも巨大な闇の力を持っているために、何が起こるか約束はできないと告げられた。

『もしかしたらお前の妻は、永遠に目覚めないかもしれない。目覚めても記憶をなくしているかもしれない。人間としての肉体は滅びてお前と同じ不老不死となって、ただ眠るだけの人形に成り果てるのかもしれないよ』

 あまりにも気まぐれで、残酷な魔法。
 しかしエリオットは一瞬たりとも迷わなかった。

『アデルが生き続けてくれるならそれ以外は何もいらない』

 その瞬間、エリオットの中からアデル以外の全てが消えた。
 自分たちの子供ですら。
 そうして黒魔術師に魔法をかけてもらい、アデルは眠り続けることとなった。エリオットは自宅に戻ると、家族に全てを説明した。それまで苦しみ続けていたアデルが突然安らかに眠り始めたことを医師も家族も目撃していたから、納得はした。
 またエリオットがどれだけアデルを愛しているかを知っていたから、理解を示してくれた。
後日、エリオットが黒魔術師の家に向かうと、そこはもぬけの殻だった。その後、黒魔術師には二度と会っていない。
 そしてエリオットはそれからずっとアデルの側にいた。
 
 ――150年もの間。

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