紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
「そんじゃあ、お二人さん、チューします? それとも抱っこにします?」
 お客さんから口笛も鳴らされる中、玲哉さんは私を軽々と抱き上げた。
 前に出てきたお客さんたちから声がかかる。
「目線こっちくださーい!」
「ほら、顧客サービス」と、ささやいたら、玲哉さんが私を見つめてニヤけた。
「いいのか? 嫉妬するなよ、お姫様」
「……やっぱり、私のことだけを見て」と、私も真っ直ぐに玲哉さんを見つめ返した。
「いつもそうしてるだろ。俺は君しか見ていないさ」
 みんなの注目を浴びながら玲哉さんが私に口づけた。
 ヒューヒューと冷やかされながら鳴り響くシャッター音に祝福される。
 本職のカメラマンさんもいろいろな角度から写真を撮ってくれていた。
「いいっすね。社長、いい写真撮れてますよ。こんなことしててもあたしみたいに別れるときは別れるんですけどね」
 思わぬ南田さんの本音にお客さんたちの失笑が静かに広がる。
 ――貴重なご意見ありがとうございます。
 南田さんの横で高梨さんが跳びはねている。
「ほら、先輩、似合わないけどスマイル!」
「うるせぇわ」
 と、その時だった。
 私たちを取り巻く人混みの中に、思いがけない顔を見つけた。
 父と母だった。
 ――え、どうして?
「俺が呼んだんだよ」と、玲哉さんがつぶやいた。
 はあ?
「薔薇園のリニューアルオープンを株主と真宮グループの会長として視察してくれって頼んでおいたのさ」
 あ、ああ、そういうことか。
「まさか、こんな騒ぎになるとは俺も思ってなかったけどな」
 これじゃあ、どっちが仕掛けたサプライズだか分からないけど、まあいいのかな。
「はあい、じゃあ、みなさん。社長さん夫婦の幸せを祈って、もう一度盛大な拍手をお願いしまぁす!」
 南田さんのかけ声で、拍手と歓声が私たちを包み、口笛やおめでとうの祝福が青空に舞い上がる。
 お父さんがくしゃくしゃな泣き顔をぬぐいながら拍手をしてくれていた。
 その隣で、お母さんも拍手をしている。
 相変わらず能面のような冷たい表情で、気持ちのこもっていない拍手だったとはいえ、来てくれただけでも大きな変化なのかもしれない。
 歩み寄れはしないのかもしれないけど、それでいいんだ。
 お客さんたちの温かい歓声に見送られながら退場する時に、もう一度顔を見ようと思ったけど、もうどこにいるのか分からなかった。
 事務所の更衣室で玲哉さんと別れたとき、付き添ってくれていた高梨さんが私に耳打ちした。
「紗弥花さん、後悔してませんか?」
「まさか」と、思わず吹き出しそうになって口を押さえる。「自分が決めたんだから後悔なんてしませんよ」
 ――だって。
 私たちの幸せは紫の糸で結ばれていたんだもの。
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