紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど

   ◇

 いつの間にかそんな思い出話をしてしまっていた。
 私の髪を撫でながら静かに聴いていた彼が手を止めた。
「なぜそれを黙っていた」
 なんだか怒られているみたいだった。
「ごめんなさい。仕事とは関係のない話だと思ってたから」
「とても重要なことじゃないか。大切な人との大事な思い出を守りたい」
「はい」
「それは立派な理由だろ」
 彼は私の目をまっすぐに見つめ、そして静かに唇を重ねてきた。
 血の通わない冷血漢かと思っていたけど、とても熱いキスだった。
 そして、彼は私の耳元でささやいた。
「ビジネスに一番大事なものを知っているか」
「お金……ですよね」
「本当に、何も分かってないお嬢さんだな」
「努力……ですか?」
「違う」
 男が鼻で笑う。
 ああ、もう、少しでも心を許した私が馬鹿だった。
「今度目が覚めたら俺が本物のビジネスってやつを教えてやるよ」
 男が私を抱き寄せた。
「おやすみ」
 私の返事を聞く前に、男は満腹のライオンみたいに寝息を立てていた。
 そんな野獣の胸に顔を埋めて、子守歌のようなその寝息に私は耳を傾けていた。
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