紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 玲哉さんがカップを置いて冷蔵庫を開けた。
 見るともなく顔を向けたら、思わず声が出てしまった。
 冷蔵庫には食材や調味料が整然と詰め込まれていた。
「ふだんから料理してるんですか?」
「基本的に在宅仕事だからな。調理の手間はかかるが、外食の方が時間の無駄になる」
 すごいですね、と褒めようとしたけど、昨日のことを思い出して飲み込んだ。
 これもこの人にしてみたら当然の努力というものなのかもしれない。
「アレルギーは?」と、玲哉さんが振り向いた。
 ――え?
 急に何の話?
「あ、はい、花粉症が少し」
「食べ物の話だよ」と、苦笑されてしまう。
「ああ、それなら、ないです」
「じゃあ、お任せでいいな」
「何か作ってくださるんですか?」
「コンサルタント業務の付帯サービスだ」
 玲哉さんはパンや卵などを手際よく選び出してキッチンカウンターに並べていく。
「料理、お好きなんですか?」
「俺は中学高校と男子校の寮生活だった。そこで勉強のために夜食を作り始めたのがきっかけだな」
「そうなんですか。ご家族は?」
「中学の時に両親が交通事故で亡くなって以来、一人だ。だから寮に入った」
 さらりと言われてびっくりしてしまった。
「すみません。よけいなことを聞いて」
「気にするな。奨学金を出してくださった篤志家のおかげでこうして立派な大人になれたんだからな」
 立派かどうかは、今はまだ賛成しかねますけど。
 仕事のできる人なのは間違いなさそう。
「中学生は法的にアルバイトで稼ぐわけにいかないから、代わりに寮で調理の手伝いをさせてもらうことにしたんだ。材料を少し分けてもらえれば、自分用の夜食を作れるだろ」
 自立心がある人って、やっぱり子供の頃から違うんだな。
 私なんか、そんなこと考えつかないな。
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