紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
「ただし、このスキームには条件があります」と、久利生さんが皆を見回す。「まずはリストラです。赤字部門を切り離し、資金の流出を抑えます」
「それは当然でしょうね」
 母がうなずく。
 筆頭株主である女帝の意見に誰からも異論は出ないようだ。
 久利生さんはリストアップした赤字部門をプロジェクターに提示した。
「こちらをご覧ください。真宮グループの赤字部門は現在十二の関連事業に及びます」
「そんなにあるのか」
 父が他人事のようにつぶやく。
 久利生さんは苦笑を浮かべながら赤字部門の名称を読み上げていった。
 ホテル事業の足を引っ張っているのはほとんど何もかもと言っていいくらいだった。
 私が在籍している文化事業財団はもちろん、SNSで最も話題になったスイーツショップとして表彰されたばかりのパティスリー部門まで赤字だったなんて。
 正直、私もうちの会社がこんなことになっていたなんて知らなかった。
 重苦しい空気の中で話を聞いていると、久利生さんの口から信じられない言葉が飛び出した。
「最後に、真宮薔薇園を閉鎖し精算します」
 ――え?
 嘘でしょ。
 千葉にある薔薇園は、若くして亡くなった私の祖母を偲ぶために祖父が設立した思い出の場所だ。
 私は肩まで右手を挙げた。
「ちょっと待ってください。閉鎖って」
「文字通りですが、何か?」
 まるで日本語が分からないのかと馬鹿にしているような目で私を見ている。
「あの薔薇園は祖父が大切にしていたもので」
「ずっと赤字が続いているのですから、閉鎖もやむを得ないでしょう」
 言葉は抑え気味だが、口調は厳しかった。
 ふと視線を感じて目をやると、母が私をにらんでいた。
 ――そうだ。
 今はこの人にお任せするしかないんだ。
 私に口を挟む権利などない。
「房総半島の奥地で土地そのものの価値はほとんどありませんが、すでに産業廃棄物処理場としていくつかの企業と売却交渉を進めています」
「さすが、話が早いですね」
 母のつぶやきに父もうなずいている。
 ――どうして?
 誰もなんとも思わないの?
 せっかくの薔薇園が産業廃棄物に埋もれてしまうなんて。
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