紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 和樹さんの隣に久利生さんが立ち、一橋家に依頼された経営コンサルタントとして自己紹介した後、すぐに会議が始められた。
「本日は重役の皆様方にお集まりいただきまして、ありがとうございます。では、さっそくですが、真宮ホテルの再建策について、こちらでまとめたプランをご説明いたします」
 ――どういうこと?
 再建策って……。
「ご承知のように真宮ホテルの持ち株会社である真宮ホールディングスは五期連続の赤字となり、すでに債務超過の状態となっております。つまりこのままでは倒産は避けられません」
 え、嘘でしょ?
 倒産って、そんなまさか。
 なのに、驚いているのは私だけのようだった。
 居並ぶ重役たちは口を固く結んで何も言わないし、父も母もただうなずいているだけだ。
 五期連続ということは、もうすでに前社長の祖父が亡くなる前から赤字だったのだ。
 経営陣にとっては今さらの事実なのだろう。
「そこで再建策ですが、増資による財務基盤の強化が急務と言えます」
 久利生さんがプロジェクターのスイッチを入れた。
「中核事業の真宮ホテルですが、歴史的ブランド価値が高く評価されており、外資系ファンドが興味を示しています」
「だが、経営権は?」と、父が机に手を置いた。
「外資系ファンドが四十パーセント出資し、筆頭株主となります」
「それでは乗っ取りじゃないか」
 父の難色に対し、久利生さんは胸を張って答えた。
「ですから、ここで一橋グループとの提携を挟むわけです。真宮家の保有割合は三十パーセントに低下しますが、一橋グループへの第三者割当増資を行い二十五パーセントを保有してもらいます。これにより、両者を合わせて過半数を抑えることができます。残りは取引先との持ち合いで安定株主ですから、経営権の維持に問題はありません」
「なるほど、それなら納得だ」
 父は背もたれに体を預けると、こちらにまで聞こえるほど細く長い息をはいた。
 和樹さんが私に顔を向けて微笑んでいる。
 私は曖昧に目を合わせてすぐに久利生さんに視線をもどした。
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