逃してあげますが、逃がしませんよ。

逃してあげますが、逃がしませんよ。

 そういうものだとは分かっていた。父にとって娘は所詮商売道具でしかないということを。それなのに現実を突きつけられて、どうやら思っていた以上にショックを受けてしまったらしい。


 跡取りである兄だけが、商売に関係する勉強を熱心に指導してもらっていたことが、どれほど羨ましかったか。偶然男に生まれてきただけなのに、その優遇を自らの手柄であるかのように誇らしげにしていて悔しかった。しかし何か言ったり態度に表してしまえば、生意気だと罵られ、面倒なことになりかねない。

 どれだけ学校で優秀な成績を修めようとも、褒められるどころか窘められるだけで、いつしか諦めるようになった。救いは使用人や友人など、家族以外の人間関係に恵まれていたことだ。

 その中でも、特に侍従であり護衛のトリスタンの存在は大きい。

 いくらアマンダが嫁ぐことぐらいしか期待されていなくとも、身代金目的の誘拐や脅しなど、存在自体に価値は十分あった。利用できるようになるまで、むざむざ危険な目に合わせるつもりはなかったらしい。物心ついた頃からアマンダの側には常にトリスタンがいた。
 二歳上の兄と同じ歳の彼は、初めて顔を合わせた当初、アマンダより少し背が高い程度で体型も華奢だった。さすがに護衛としては未熟で、外出の際にだけ別の大人が担当していたのは僅か。成長と共に鍛え続けたトリスタンは、一人で護衛を務められるほどになった。

 父や兄には何人もの護衛がついているのに対し、アマンダにはトリスタン只一人。けれど父たちを羨ましいと思ったことはない。
 遠縁だという彼は、実の家族よりもアマンダのことを守り、理解してくれている。捻くれずに、ここまで生きてこれたのはトリスタンのお陰に他ならない。

 彼の若葉色の瞳で優しく見つめられると、理不尽に叱られたことや虐げられたことなど、些末なことだと思えた。

 ――しかし現在、優しさだけではなく熱の籠もった瞳が、アマンダをひたと見つめている。けれどもアマンダは彼の瞳以上に身体が熱を持っていて、正常な判断ができないでいた。

 このまま家に帰らされると、好きではないどころか恐怖しかない相手に捧げなければならない身。優しいトリスタンは、懇願したら情けをかけてくれるかもしれない。疼く身体に耐えつつも、そんな打算が微かにあって。

「切ないの……。どうすればいいのか教えて?トリスタンなら分かるでしょ?」
 震えは興奮か緊張か。アマンダは手の震えを誤魔化すように、キャミソールの上から自分で膨らみを掴んだ。

 * * *

 アマンダ・キルナーは貴族ではないが、下手な貴族よりもよほど財がある裕福な商家に生まれた。身分としては平民にはなるものの、家は屋敷と呼べるほどの大きさで使用人も多く雇っている。
 財を成すことと名声を得ること、果ては爵位を賜りたい父のブライアンはそのことしか頭になく。由緒正しい貴族たちからは『成り上がり』だと影で揶揄われたものの、彼らとしてもキルナー商会の力は馬鹿にできないものだった。
 年を重ねるごとに、知名度も信頼も上昇して商会は大きくなっていったし、おかげで今までの人生に於いて、金銭面での苦労が一切なかったことは感謝すべきだと理解している。

 ……しているが、それにしても、これはあんまりだ。あんな男と結婚させるだなんて!年だって父のほうが近いくらいだろう。見た目も父のほうが余程マシだ。脂ぎった肌に頭部は寂しく、カエルのような腹には何が入っているのだろう。

 それでも顔合わせのときには、優しくて紳士であった。だから我慢して笑顔で対応できた。全身に鳥肌が立つほどの嫌悪感を覚えたけれど、これでようやく家のためになるなら、父に褒められるならば何とか耐えようと思えたのに。

 しかしキルナー家を訪れたあの男と、彼の護衛の秘かな会話を聞いてしまったのだ。
『まだ見た目は子どもだがとても美しいな。躾けるのが楽しみだ。ああ、早く特注品の鞭で、新雪のような肌に傷をつけてやりたいなぁ』
『若いからそうそう壊れませんて。処分される前にどうぞ私めにも楽しませてくださいね』
『ああ、もちろんだ。その代わりに足がつかないように処分しろよ?』
 グヘグヘと、とても人間の笑い声とは思えない音が聞こえ、壁に身を潜めていたアマンダは卒倒しかけた。足裏に力を込め、何とか倒れるのを堪える。
 男は若く見目の良い男が嫌いだとかで、顔合わせに同席できなかったトリスタンが傍にいたならば怒り狂っていただろう。そうしたらまだ冷静でいられたかもしれない。

 震えの止まらない身体を叱責して足を踏ん張り、音を立てずになんとか自室まで辿り着いた。机から紙を取り出しペンを滑らせれば、紙の上にポタポタと雫が落ちる。

「……ふっ、ううっ」

 この家の、いや、トリスタンと共に過ごした思い出が次々に浮かんでは消えていく。
 父に気付かれる前に、一刻も早く逃げなければと分かっているけれど、上手く言葉が纏まらない。

 結局、短い言葉になってしまったが、ここで時間を潰すわけにはいかない。頬を叩いて気合を入れると、急いで必要なものだけを荷物にまとめた。人目につかぬようトリスタンの部屋へ行き、扉の下から紙を滑らせる。もう後戻りはできない。
 彼ほど優秀ならば、どこでも引く手あまたのはずだ。もしかしたら生きていればいつかは再会できるかもしれないし……。

 さよなら初恋。

 長年の恋心を封印してしまうほど、アマンダは限界だったらしい。結婚話が切っ掛けとはいえ、蓄積された鬱憤が爆発したのか、とにかく家出することしか頭になかった。

 父にとって嫁ぐためだけの存在だと認識されていても、普通の生活が送れるならば我慢もできた。けれど知ってしまってから、むざむざ大人しく殺されに行くのは――。


「御免だと思ったのよ。だから家を出てやったわ」
「ああ、そりゃあ親父さんが悪いな」
「好きな人の前であんな変態に嫁ぐなんて堪えられないし、壊れてしまう私をトリスタンに見られるなんて」

 無理よ!と言いながらアマンダは机に突っ伏す。オーバーすぎる行動だが、酔っているので本人はいたって真剣だ。

「綺麗なブロンドにソースが付いちまうぞ」

 いつの間にか、肩が触れそうなほど近くに座っていた男の、苦笑する声が頭上からしている。不躾すぎるほどの距離の近さに戸惑いつつも、今は愚痴を聞いて欲しい気持ちが勝っていた。


 テーブルに広がった柔らかなウェーブヘアを丁寧に退けた男は、その絹のような手触りに人の好さそうな表情を引っ込めて黒い笑みを浮かべた。
 男はアマンダの手からジョッキを奪うと、そこにたっぷりとワインを注いだ。そして机に突っ伏しているのをいいことに懐から小瓶を取り出すと、肘で隠しながら蓋を開けて二滴ほど垂らす。未だ顔を上げないアマンダは、既に半分夢の中なのかもしれない。

(ちょろいもんだ)

 不幸にも酒場の角の席での行為に、誰一人として気付かなかった。

「トリスだかボリスだか知らねぇが、ほら、もっと飲め、飲んで忘れろ!」

 貴族か成金の娘か。質のよいワンピースに包まれた彼女の裸体は、その美貌に似合う美しさだろう。上物が引っかかって、内心で舌なめずりをする。
 アマンダの肩を掴んで揺すると、ワンピースの肩の部分が湿ったように少し濃い色に変わった。男は行きずりの女に媚薬を盛って、手篭めにしている常習犯であるが、さすがにこの瞬間は一番緊張する。知らぬ間に手汗を掻いていたのだろう。アマンダに悟られないように、ズボンでゴシゴシと掌を拭った。

 男の緊張を知る由もないアマンダは、緩慢な動作で顔を上げた。

「んー、もうお腹一杯なんだけど……」

 手に持たされたジョッキを覗き込み、ワインが満たされていることを確認するとグイッと一気に呷った。既に眠気が襲ってきているが、アルコールの匂いを嗅ぐと摂取せずにはいられない。半ば条件反射で喉に流し込んでいく。

「いい飲みっぷりだ!君は最高だよ」
 おだてられて悪い気はしない。しかし既に分解されているアルコールに、アマンダは体を震わせた。
「ちょっと、お手洗いに行ってくるぅ」
 フラフラとトイレに向かって行ったアマンダを見送った男はすぐさま立ち上がり、店主に会計とチップを渡すと、いつものように二階にある一室を確保した。

 * * *

 屋敷にアマンダがいないことに、トリスタンが気付いたのは夕食前だった。

 その一時間ほど前、遣いを頼まれて屋敷を離れていたトリスタンは、アマンダの元に戻る途中、彼女の父であるブライアンに呼ばれた。そして彼からアマンダを近々嫁がせると告げられた。
 相手は妻となる女性に侍従とはいえ、若い男が側にいるのを望んでおらず、アマンダについていくことは叶わない。この屋敷に残ってもいいし故郷に帰ってもいいと、ブライアンはぞんざいに言い放った。

 アマンダが結婚……。

 いつかはこんな日が来ることは分かっていたけれど、それはまだもう少し先だと思っていたのに。
 しかも相手は商人の垂涎の的である隣国の豪商。しかし自国の貴族のみならず近隣諸国の主要人物を把握しているトリスタンは、男が魅力的なのは商売の手腕だけで、結婚相手としては最低最悪だと知っていた。有り体に言って、男は変態だ。嗜虐性があり、金に物を言わせて娶った妻は数知れず。しかも多数が行方不明だということをばれないように、巧妙に隠していた。
 このことをブライアンは知らない。完璧な外面を被った男だから、言ったところで信じてもらえないだろうし、黙っていた方が都合が良かった。アマンダを蔑ろにしている家から連れ出すチャンスだからだ。トリスタンにとってアマンダは大切な主人であると同時に、女性として深く愛していた。彼女と離れ離れになるなんて、天地が引っくり返ってもあり得ない。

 みすみす彼女を嫁がせる気はなかった。婚約式か顔合わせで隣国に赴く際に、その反対に位置する故郷に連れて逃げよう、そう決意した。


 アマンダとトリスタンが遠縁というのは嘘ではないが、実は彼がキルナー家にやってきたのは、商会として力を付けてきた、この家の偵察が目的であった。

 トリスタンの実家も幅広く手がけている豪商で、同い年であるアマンダの兄と仲良くなることを求められていた。しかしなぜか側につかされたのは妹であるアマンダで。もしかしたらブライアンが思惑に気付いたからなのかもしれないが、その辺りは当時のトリスタンには知りようもなかった。
 その内にあまり利がないことを知った実家から帰るように告げられるころには、アマンダと離れ難くなってしまっていた。だから父に手紙でこっそりと、いつかキルナー商会の情報とともに、優秀ながらも冷遇されているアマンダを連れて帰りたい旨を知らせていたのだ。
 初めは少し渋っていたものの、公であってもそうでなくても、一家でアマンダを歓迎すると最終的には快諾を得た。父は手紙のやり取りだけでも滲み出る、アマンダに対する並々ならぬ執着に折れてくれたらしい。

 だからいつアマンダを連れて故郷に帰っても、なんら問題はない。それが今すぐであっても。アマンダを不幸になんて絶対にさせない。

 すぐに実行に移さねば、と慌てて軽装に着替えながら、潜ませていた腹心の部下に伝令を出す。アマンダの物は新たに買い揃えればいいだろう。手に持てる程度の貴重品だけ纏めてもらえばいい。

 トリスタンは有能な執事である。いつでも動けるように準備はしてあったし、抜かりはない。しかしそんな彼でもアマンダの行動は予想できなかった。

 相談もなしに、一人で家出をしていただなんて……。

 扉を開けてすぐ、見つけた手紙を開いたトリスタンは血の気が引いた。すぐに我に返ると、手元にあったほうが都合がいいと判断したものだけを詰めた小型のトランクを持ち、ここを辞する手紙を机の上に置き、可及的速やかに屋敷を後にした。

 * * *

 トリスタンが息を切らせて酒場にやってきたのは、アマンダがちょうど男に肩を抱かれるようにして階段を上っていくところであった。
 瞬時に怒りで目の前が真っ赤に染まるが、何とか堪えて脳内でアマンダの交友関係のページを捲っていく。案の定、男の顔に見覚えはない。
 状況を推察しながらも、いつも横に流している前髪が視界に入り、無意識にかき上げようとして、そのままバサバサと散らした。人の目が多い場所では、印象を変えておいた方がいいだろう。

「いらっしゃい……?」
 急いで懐から金貨が入った袋を取り出し、カウンターで声を掛けてきた店主の目の前に勢いよく置いた。

「先ほど男に二階に連れていかれた女性は私の知り合いだ。騒ぎ立てたりしないから、速やかに男を追い出してくれ」
 カウンターに身を乗り出して、小声で話し出す。
「そうおっしゃられても……」
 言葉を濁す店主の様子に、女を連れ込むような行為は黙認されているらしいと想像できた。だとすればアマンダを連れて行った男は綺麗な身ではないはずだ。
「あの男は常習犯なのだろう。何か良からぬ事にも手を染めているらしいな」
 整わない息のまま一気に捲し立てれば、店主は笑顔を張り付けたまま固まった。

「え、いえ、そんなことは……」
 途端にしどろもどろになる店主に、にっこりと笑みを見せる。
「安心しろ。あの男の部屋に行って、警官が来たから女性を置いて裏口からすぐに逃げろと、その袋の中から金貨を数枚握らせて追い出せば、お前とこの店は見逃してやる」
 店主はみるみる顔を青ざめさせ、カウンターに置かれた袋から覗く金貨と、階段の上に視線を行き来させている。
「さっきの女性を探すために警察に相談済みだ。この店を潰したくなければ、さっさと行け!」
 怒りを露わにしたトリスタンの形相に、店主が小さく悲鳴を上げた。慌てて金貨を数枚握ってカウンターから飛び出して階段を駆け上っていく。その際に金貨の入った袋をしっかりとカウンターの内側にしまった辺り、ちゃっかりしている。常連か友人かは分からないが、店主は男よりも店を取ったのだ。もしかしたら男の行為を断れずに、ウンザリしていたのかもしれない。

 やがて二階が俄かに騒がしくなり、バタバタという足音が酒場の喧騒にかき消されながらも遠ざかって行った。男に寄り添うアマンダの姿が脳裏に焼き付いている。トリスタンはグッと拳を握りしめてから息を短く吐くと、静かになった階段を上った。

 降りてきた店主と階段の途中ですれ違った。未だ少し顔色が悪い彼は、トリスタンに気付くと揉み手で媚びた笑みを向ける。
「言われた通りに……」
 やはりというか、トリスタンの読みは当たったらしい。
「部屋はどこだ?」
「一番奥の八番プレートの部屋でございます。あの……どうか私めのことは見逃してくださいますよう」
「約束は守ろう。その代わりに少し休ませてもらうぞ。ああ、果実水を廊下に置いておいてくれ」
「かしこまりました!旦那様。ごゆっくりどうぞ!」
 トリスタンの言葉に、店主はあからさまに安堵の笑みを向けると、足取りも軽く階段を下りていった。

「旦那様、か……」
 尊大な言い方のトリスタンはその身なりと先ほどの金貨から、いい身分なのだろうと判断されたらしい。アマンダのことも知らないようだ。
 しかし長居は無用。いつブライアンが気付き、商会総出で探しに来るか分からない。事業に関わってこなかったアマンダの顔は世間にあまり知られていないだろうが、それも絶対ではない。とりあえず一刻も早く、この街から出なければ。

 一時は肝を冷やされたが、漸く愛おしい人を手に入れられる幸せが、ジワジワと湧きあがってくる。しかしながらトリスタンを置いて、一人逃げようとしたアマンダに一言物申しておきたい。二度とそんな気は起こさないように、じっくりと話さなくては。これから時間はたっぷりとある。どれだけアマンダのことを愛しているのか知ってもらおう。

 トリスタンは扉の奥の愛しい人との逃避行に胸を躍らせていた。まさかあんな状態になっているとも知らずに。

 * * *

「……あ。あれ、トリスタン……?」

 先ほどベッドまで運んでくれた男はどこにいったのだろう?こっそりと家を出てきたはずなのに、目の前には別れを告げたはずの見慣れた顔があった。いつもは前髪を後ろに撫でつけた隙のない髪型の彼は、今はなぜか黒髪が乱雑に散らばっていた。それでもアマンダにはトリスタンだと分かる。見間違えるはずもない。

 しかし風邪を引いたかのように熱を持った身体と、ひどく酔った頭では、どうして彼がいるのか、先ほど愚痴を聞いてくれていた相手はどうしたのか?なんて考えられるはずもなく。

「ええっと、その……」

 それでもトリスタンが怒っているのは分かったので、小さく身を縮めた。

「お嬢様、私は正直怒っています。何も言って下さらなかったあなたにも、何も気付けなかった私自身にも……」
「ごめんな、さい……」
「どうしました?もしかして気分が優れませんか?」
 か細い声で、ハァハァと息を荒らげるアマンダは明らかにおかしい。トリスタンは瞬時に怒りを引っ込めた。

「なんだか、さっきから身体が熱いの。お酒には強いはずなのに、悪酔いしちゃったのかしら」
 想い人の存在を認識したからなのか。トリスタンの顔を見た途端、アマンダは身体の奥、もっといえば下腹部が疼くのを感じた。

「お嬢様が悪酔い……?失礼します」

 トリスタンはベッドに横たわるアマンダの額に手を当てた。確かに普段よりも熱く、頬や首筋はほんのりと桃色に染まっているのは酔いのせいにも見える。しかしアマンダはアルコールにそれほど弱くはない。

 それにしてもこの表情はどうだろう。本当に酔っただけなのか?潤んだ瞳と、唇を舐める赤い舌はやたらと官能的で誘っているようだ。形の良い膝が見えるくらい捲れ上がった裾は、アマンダが足をすり合わせているから捲り上がってしまっていた。

「……何か飲まされましたか?」
「何かって……、ええっと、エールとワインくらいしか飲んでないわ」
「そこに混ぜたのか……」

 思わず縫いつきそうになる視線を無理矢理剥がし、アマンダに聞こえないように小さく舌打ちを落とす。あの男が媚薬か何かを混入し、飲ませたのだろう。そしてこの一つしかない小さなベッドで、熱に浮かされたアマンダを美味しく頂くつもりだったのだ。

「……くそっ」
 逃す前に一発、いや何発か殴ってやればよかった。男だけではなく、己も殴ってやりたい。もっと早く見つけていれば未然に防ぐことができたのに。

「え?なに?」
「いえ、なんでもありません」
 一瞬歪めてしまった表情を笑顔に戻す。今は目の前のアマンダを助けることが先だ。

 トリスタンとしては喜んで手伝いたいのだが、実際、恋人同士はおろか、想いを伝えあってすらいない。アマンダは言葉にせずとも、もうずっと全身でトリスタンを好きだと告げていてくれた。まだ体裁が整っていないことを言い訳に、甘く擽ったい空気に浸り過ぎてしまった。

 ……しかし今ここで想いを告げたとして、身体が目当てのその場しのぎでしかない口上だと思われたら?鈍感なところがあるアマンダなので、トリスタンの想いには気付いていない可能性がある。トリスタンは頭を抱えた。

 長年恋心を拗らせてきたトリスタンは、わりと夢見がちであった。
 告白して、プロポーズして。それから手と手を取って故郷へ。なんて理想がガラガラと崩れていく。が、しかしそれを必死で積み直す。まだ修正は可能なはず。先ずはアマンダに置かれた状況を説明することにした。

「恐らく媚薬を盛られたのだと思います。あの男、貴女を手篭めにするつもりだったのでしょう」
「そんな……。親切な人だと思っていたのに」
 いつもよりも表情が薄いが、会話は十分にできるようで安堵する。推察するに媚薬といっても、よく出回っている類いのものだろう。
「酒の席で親切にする男を信用してはなりません」
「トリスタンはずっと親切だわ」
「……っ!私は!私だけは信用してください。お嬢様の嫌がることは……もしかしたら今からしてしまうかもしれませんが、それでも無理矢理は致しません」
「……?よく分からないわ。それより熱くて仕方がないの」

 会話の内容もあまり頭に入ってこないのだろう。普段聡明なアマンダらしくない。もどかしそうに身体をくねらせる様子は誘っているように見え、トリスタンはゴクリと喉を鳴らした。今までずっと辛抱強く側にいたというのに、理性がグラグラと揺れてしまうほど、アマンダの姿態は目に毒だった。

(ま、待ってくれ!俺の理性!)

 早く逃げなきゃだとか、早々に手を出すなんてと叫ぶ理性が、忘却の彼方に吹き飛びそうになるのを何とか掴んで手繰り寄せる。

「水!そうだ!水を飲みましょう。少しは気分がよくなるでしょう」
 トリスタンはポンと手を打つと、後退りながら扉を開けた。果実水が置いてあるのを確認するとトレーを手に持ち、極力アマンダのほうを見ないようにしてサイドテーブルの上に置く。
「お嬢様!さぁ……っ!」
 果実水を注いだコップを持とうとして、一旦アマンダを起こした方がいいかとテーブルに置いて向き直る。その行動は正解だった。コップを取り落とさずにすんだのだから。

「な、なっ!」
「だって、もう無理……汗で貼り付いて気持ち悪いの」
 アマンダはワンピースを脱ぎ捨て、キャミソール姿になっていた。叫び声すら上手く上げられないトリスタンをよそに、そのまま白く小さな手が膨らみを掴んだ。柔らかそうに歪むそれに目が離せなくなる。

「ふっ……。あ……」
 トリスタンの視線を気にもせず、眉根を寄せて己の手の動きに耽る姿に、想いを告げ合ってなど悠長なことは言っていられないと確信する。

(触れてしまっていいものか……)

 後から冷静になったときにアマンダがこのことを覚えていたならば、許可もなく勝手に触れたトリスタンに嫌悪感を抱かないとも限らない。

(くそっ、どうしたら……)

 有能なトリスタンは普段の生活に於いて、頭の回転の速さを活かして先々を見据えて行動している。しかしこの緊急事態に対処できるような色恋の経験値が全くなかった。アマンダのために捧げてきた二十年の人生。仕方のないことではあるけれど。

「切ないの……。どうすればいいのか教えて?トリスタンなら分かるでしょ?」

「え……?」

 * * *

「では……。胸の先端をつまんでみてください」
 混乱したトリスタンはあろうことか触れる許可を取ればいいのに、それを忘れてなぜかアマンダに指示を出す。

 そうじゃなくて!と、言おうとしたが、
「んっ……。ふぅ」
 華奢な指先がキャミソールの上からでも分かる尖りを、恐る恐る摘まんだ。同時に漏れたアマンダの嬌声に、言葉と共に生唾をゴクリと飲み込む。

 肩のストラップがずれ、いつの間にか肌よりも濃いピンク色の先端が見えた。常にアマンダの隣に控えていたから、着替え時や衿ぐりからつい見てしまったことがないといえば嘘になる。けれどこんなバッチリと、真正面から見たことなどない。

(ああ、指先で形を歪めている果実のようなそれを口に含んで舐め転がしたい!)

 トリスタンの心の叫びなど知らないアマンダは、見るからに立ち上がっているそれに直接刺激を与え始めた。次第にキャミソールは下がっていき、膨らみの全貌が明らかになる。

「これだけじゃだめだわ……。お腹の奥がまだジクジクしてるのよ」
 そう言ってキャミソールの裾を乱雑に掻き混ぜるアマンダ。丸見えになってしまったショーツの奥はカタチが透けて見えるほど、しとどに濡れていた。
「ちょっ、見えてますから!」
 そこから視線が外せないくせに、トリスタンは今更な台詞を吐く。

「見せているのよ!」
「えっ!」
 はっきりした口調に、不埒な思いを吹き飛ばしてアマンダを見た。トロンと溶けそうな瞳ながらも表情は真剣に、トリスタンを見据えている。

「トリスタン……ねぇ、私を連れ戻すつもり?どうかそれだけは見逃して欲しいの」
「…………」
 淫靡な空気が一瞬で緊張したものに変わった。トリスタンは一緒に連れて逃げるつもりだったが、今のアマンダの言葉は緩やかな拒絶に聞こえてしまう。どうして一緒に逃げようと言ってくれないのか。
「お願い……」
「それは交渉ですか?」
「そうよ。私に触れたらトリスタンの負け。そしたら私を逃して?」

「……分かりました。逃がしてあげますよ」
 神妙に頷くとアマンダはホッとしたように息を吐いた。それはまだ熱が籠もり、我慢しているのだと分かる。トリスタンの微妙な言葉の言い回しなど気付かなかったに違いない。

 アマンダが安心できるような笑みを向けて、彼女がしどけなく横たわっているベッドの縁に腰かけた。

「でしたら我慢なさらず。早く楽になりましょう」

 * * * 

 そうは言ったものの、トリスタンは若干、いや、ひどく後悔していた。

 キャミソールを取り払い、ショーツを脱いだまでは良かった。初めて見る愛おしい人のそこに興味のほうが強かったから。秘められた部分は、使用人仲間から聞いていた話の何倍も美しくて、いやらしかった。
 しかしアマンダの指先が蜜を零す裂け目に沈み、粘着質な水音が立ち始めてからトリスタンの理性は再び崩れ始め、我慢比べが始まったのだ。

「ここ、よく分からないけど、とてもビリビリするのっ……、ああっ!」
 秘芽を捕らえた指先が、先ほど胸の先を弄ったように転がしている。初めは戸惑っていたのに、いつの間にか快感を追い立てるような動きに変わっていた。トリスタンはあまりの窮屈さに、ズボンの前をアマンダに気付かれないように寛げた。できるならば取り出して、泥濘に突き立てたいけれどそれは今ではない。それよりも口付けから……いや、愛を告げることからだ。……そう思えるからまだ大丈夫、なはず。

 段々と余裕がなくなってきたのか、それでも絶頂には至らないらしくトリスタンにとって拷問のような時間が続く。
「お嬢様……」
 いっそ新しい刺激を与えた方がいいのかもしれないと、口を開いた。喉はカラカラに渇き、声は掠れているが構わずに声を出した。
「んっ……ふ。……何?」
「指をもう少し下に這わすと、男性を受け入れる穴があります。そこに指を入れてみればもしかしたら楽になるかもしれません」
 破瓜は痛いと聞くが、あれほど濡れていればアマンダの細い指くらいなら、痛みなど感じないのではないだろうか。自身の指で、舌で掻きまわしてやりたい衝動に耐えながら、トリスタンは少し身を乗り出して囁く。
「どこ、かしら」
 アマンダは媚薬と昂ぶりのせいで熱に浮かされた声色をしながらも、従順にトリスタンのいわれた通りに探りを入れる。アマンダには申し訳ないが、どこ、と言われても詳しくは分からない。そこを覗き込んでも想像するような穴は見当たらなかった。

「……あっ」

 しかしその時、指先が肉壁に沈んだ。ジッと見つめていたトリスタンはアマンダの細い指先と、下着の中で痛いほど主張している己の熱を置き換えてしまい、頭が沸々と煮えたぎる。
「指を抜き差ししたり、動かしてみて下さい」
「こ、こう?……んぅ」
 先ほどよりも水音が激しくなった。ああ、取って代わってほしい。アマンダに触れたい、中を堪能したい。
「両手を使って……、先ほどの先端を一緒に触ってみたらどうでしょう」

 手伝いましょうか?そう言いかけて飲み込む。初めて彼女に触れるのはこんな意識が朦朧とした状態じゃなく、ちゃんと見て知って欲しい。その一心で堪えていた。

「あ、ああっ!トリスタン!」
 名前を呼んで悶える姿に、トリスタンは己も媚薬を飲んでしまったかのように、胸や色んなものが疼いて仕方がない。それはもう、ギュンッギュンに。

「お嬢様、好きです。すごく愛らしい……」
「ほんと……?」
 思わず漏らしてしまった呟きはアマンダに聞こえてしまったらしい。

 ――ああ、この人はどこまで困らせるのだろう。もう限界だ。

 トリスタンは荒い息を吐きながら、彼女にバレないようにそっと半分まで熱杭を取り出し先端を隠しながら擦り上げた。零れだしていた滑りが摩擦を助け、中に入っているかのように錯覚させる。

「……ッ」

 視覚だけだったものが、明確な刺激が加わって、アマンダよりも先に果ててしまいそうになる。

「こんな姿を見せても?嫌いにならない?」
「嫌いになんてなるはずがありません!私は一生お嬢様しか可愛いと思いませんから」
 色々と切羽詰まったトリスタンは、あれこれと考えていたものが吹き飛んで、思いの丈をぶつけた。
「嬉しい、私も……。んっ、ずっと、トリスタンだけなのっ!好きよ。本当は勝手に出てきたこと後悔していたの」
「お嬢様!私もずっと昔からお慕いしております」
 互いに自分を慰めながらの告白大会。なんとも滑稽な様になってしまったが、媚薬を盛られたアマンダはもちろん、果てが見えてきたトリスタンも冷静ではいられなかった。

「ねぇ、お願い。キスして?そしてトリスタンのを私にちょうだい」
「……いいんですか?触れてしまいますよ?」
「どちらにしても逃がしてくれるつもりなんでしょう?」

 眉根を寄せた辛そうな表情ながらも、アマンダは口角を上げて微笑む。トリスタンの意図に気付いていたのか。

 本当にアマンダの父は何も分かっていない。性別関係なく、優秀なほうを跡取りにすればいいものを。そうすれば商会も安泰だったろうに。

「お嬢様を私の故郷に連れて逃げるつもりです。逃す、ともいいますけど」
「そんなことだと思ったわ。ね、話は後にしましょう?私、まだ熱くて仕方がないの」
「そうでした。お嬢様があまりにもしっかりされているから……では唇を、全てを頂戴しますね」
 開いたままの膝の間に身体を滑り込ませる。頬に手を当て瞳を覗き込むと、それが閉じられた。トリスタンは長い睫毛を見つめたまま、そっと唇を合わせる。
 角度を変えて何度も重ねたそれは、やがて深くなっていき、夢中で舌が絡まった。アルコールに交じった嫌な甘さに気付き、中和させるため途中で果実水を含み何度も流し込む。

 唇を離して頬擦りをすれば、トリスタンの頬にじんわりと熱が移った。

「まだ熱いですが、少し収まったかもしれませんね」
「トリスタンの頬が冷たくて気持ちいいからだわ」
 頬に小さな手が当てられる。手首を取って、その指を舐めれば媚薬とは違う、酔いしれるようなアマンダの蜜の甘さを感じた。やっと味わえる。
「今からはお嬢様の指でなく、私にさせて下さい。ね?」
「…………ト、トリスタン?」
「ご自分では物足りなかったでしょう?私も不慣れですが先ほど勉強させてもらいましたので」
「え?どういう……。あっ!」
 身体を下げ、ずっと口に含みたかった膨らみの頂きを口に含んで吸えば、アマンダの身体が震える。アマンダの胸元は汗を掻いたからなのか、彼女の香りが濃かった。いつも隣にいるときにふわりと香ってくる大好きなそれ。舌と指を交代して、思う存分、肺一杯に吸い込んだ。
「っは、くすぐったい……」
「ずっとこうしたかったんです。ああ、ここもこんなに温かい……」
 段々と指を滑らせ、柔らかな下生えに潜り込んでいく。そこは想像よりも温かかった。寧ろ熱いほどだ。

「ひゃあん!……あ、やっ」
「こんな触り心地だったのか……。芯を持って硬いのにプルプルとしていて不思議な感触ですね」
「ああっ、そ、そんな感想はいいからっ!」
「でも会話とか行為を忘れられたら寂しいですからお伝えしないと」
「あっ、そんなにしたら……!やぁっん」

 固く立ち上がっている秘芽を、摘まんで擦るとアマンダは大きく仰け反って震えたので、
「まぁ、これから何度でもしますけど、ね?」
 と、いうトリスタンの台詞は聞こえなかったかもしれない。

 それから念願叶って、先ほどは食い入るように見るだけだったそこを舌で転がして蜜を味わって。指を埋めるころには、アマンダは再び媚薬の効果がぶり返したように嬌声をあげるだけとなった。
 二本に増やした指で掻き混ぜながら、再び唇を重ねて舌を絡ませ合う。トリスタンの口内に消えていくアマンダの喘ぎを飲み込めば、自身も媚薬を飲んだかのように身体中が熱を帯びてきた。

「お嬢様、いいですか?」
「うん。早くして」
「もう戻れませんよ?キルナー家にも今までの関係にも」
 アマンダはトリスタンの瞳が不安に揺れているのに気付いた。頭脳明晰で先手先手の対応をしていく有能な男だというのに。どうせもうトリスタンからは逃れられないようになっているはずだ。けれどアマンダに拒絶されたくない、という思いが滲み出ていて、可愛いと思ってしまうのは惚れた弱味だろうか。

「もちろん構わないわよ。だってトリスタンがいるんですもの」
「お嬢様……」
「一人でも逃げるつもりだったけれど、貴方と一緒ならこれ以上嬉しいことはないわ。ほんとはね、あの男の国の反対側に行こうとしたわ。だってそこは……」
「私の故郷ですからね」
「うん。だったらいつか帰郷したトリスタンに会えるかもしれないと思って」
 照れて微笑むアマンダの顔中にキスの雨を降らせる。
「ああ、可愛いお嬢様。一生離しませんから、私からは逃げられると思わないで下さいね?」
 熱い塊がヌルヌルと秘裂をなぞるように行き来する。その度に切なくて、アマンダは早くひと思いに貫いて欲しくなる。

「……ねぇ、関係が変わってしまうのだから、私のことはアマンダと呼んで?もう貴方のお嬢様じゃないわ」
「そうですね。私の妻になるのですからね」
「プロポーズは頭がハッキリとしてから言ってよ。ちゃんと覚えておきたいから」
「もちろんです。私のアマンダ」
 合わせるだけの軽いキスをして、トリスタンは自身に手を添えて先端を埋めていく。指で慣らしたそこは、切っ先を快く迎え入れてくれた。
 思わず一息に押し込んでしまいたくなる衝動に耐えながら、少しずつ腰を進めていく。

「すご、ぬるついて絡んでくる……、くっ」
「……あっ、ん、熱い」
 漏れた熱い吐息混じりの言葉に、更に血液が下半身に集中した。早々に放ってしまわぬよう歯を食いしばって堪える。

「うぅ、いっ、……はぁっ」
 痛みからかアマンダが眉根を寄せて苦しそうな表情をした。茹ったトリスタンの頭が少し冷える。
「痛みますか?一度抜きましょう」
「ち、違うの。ちょっと苦しいし少し痛いけど、嬉しいの。初めてをトリスタンにあげられて。だから思いっきり全部入れて?」
「…………っ、分かりました。少しの辛抱を」
 例え洪水のように蜜が溢れていたとしても、痛みがないはずがない。しかしアマンダの決意に甘えて、腰をグッとアマンダのほうに突き出す。

「あああっ……!」

 少しの抵抗を越えてもなお進めると、やがて先端は行き止まりに当たり、下生え同士が重なり合った。
「……ぜ、全部入りましたよ」
「ふ……ふふ、私より苦しそうだわ」
「余裕ですね?」
「……媚薬のせいかしらね、そんなに痛みはなかったのよ。今は本当に大丈夫だから」
「それは良かったです。では少し動いても?」
 言い終わらないうちに動かされ、アマンダは小さく悲鳴を上げて喉を曝け出す。宥めるようにそこに舌が這うと、ゾクゾクとした快感が全身を走った。そこからは会話らしい会話はなく、互いの名前と吐息だけが聞こえるだけ。
「ふぁ、……ああっ、トリスタン……」
「アマンダ……」

 媚薬か、はたまたトリスタンのお陰か。痛みは一瞬だけで、抜き差しされるたびに明らかな快感が蓄積されていく。揺さぶられながら薄目を開けて見上げれば、初めて見る切ない表情をしたトリスタンに胸が甘く疼く。

 一言手紙を書いただけなのに、髪を乱して探しに来てくれたトリスタン。想像だにしなかったけれど、本や話でしか知らない彼の故郷で共に過ごす未来は、自然に思い描けた。一緒に逃げて欲しいと言っていれば、こんなにも早急に身体を繋げる羽目にならなかったかもしれないが、しかし遅かれ早かれこうなっていただろう。

「くっ……もう、すみません」
「やぁ……んむっ」
 唇が合わさって、舌が絡み合う。トリスタンが小さく震えて、押し付けるようなゆっくりとした動きに変わる。ドッドッと耳元に移動してしまったかのように、心臓の音が大きく響いた。

 溶けて一つになってしまいそう。ああ、もう――。

(無理……)

「……アマンダ?」

 媚薬にアルコールに、初めての経験に。アマンダは意識を手放した。

 * * *

 清潔な布を湿らせてベッドに戻ると、スゥスゥと心地よさそうな寝息を立てているアマンダの身体を清拭していく。

「お嬢……ではなくて、アマンダ。堪え性がなくて自己嫌悪しています。あとでじっくりと反省と今後の課題を聞いて下さいますか?」
 もちろん返事はない。寝息が返ってくるだけだ。

 一つしかないこの小さなベッドで、身を寄せ合って寝るのも悪くない。同意を得たトリスタンとしては一刻も早くここから連れ去ってしまいたかったが。朝日が出る前ならば闇に紛れて抜け出せるだろうと、アマンダを抱えるようにして寝転んだ。

 薄情かもしれないが、キルナー家の存続がどうなろうと知った事ではない。アマンダを娶る予定だった男に探されると面倒なので、行方不明となっている元妻たちの調査票の写しを送りつければ黙っているはずだ。

 全てを話せば用意周到さに引かれるだろうか。
 身体や肉体に明確な苦痛は与えないけれど、アマンダを取り巻いた男たちと然程変わらないのかもしれないな、とトリスタンは少しだけ自嘲した。
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