だって、君は俺の妻だから~クールな御曹司は雇われ妻を生涯愛し抜く~
 彼の妻を演じて勘違いや欲を出したりはしない。久弥さんが危惧しているような状態にはならない。

 すると久弥さんは席を立ち、こちらにゆっくりと近づいてきた。なにか気に障る発言だっただろうかと不安な面持ちで彼を見つめる。私は座ったままなので、自然と見上げる形になった。

「あの」

 言葉を発したのとほぼ同時、彼の手が私の髪をさらりと一房すくい上げ、あまりの不意打ちに肩がびくりと震える。

「子どもはつくらなくても、もう少し結婚相手として触れるのを許してくれてもいいんじゃないか?」

 苦笑する久弥さんに対して過剰反応だったと思い直す。

「す、すみません。私、父を知らずに育ったのもあって、大人の男の人にあまり慣れていなくて」

 同僚も女性が多いし、なにより子どもたちならいざ知らず、同年代の男性と触れ合った経験などほぼない。

「つまり嫌なわけではないんだな?」

 改めて問いかけられ、冷静に突き詰めてみる。

「そ、そうです……ね。もちろん誰彼かまわずに触れられるのは嫌ですが……久弥さんに対しては、そこまで嫌な気持ちはしません」

 戸惑いはあるが、嫌悪感はない。素直に答えたらどういうわけか久弥さんは口元に手を当てて笑いをこらえ……いや噴き出した。

「なんで笑うんですか」

「相変わらず瑠衣は正直でストレートだと思って」

 それは褒められているの? 貶されているの?

 わけがわからず久弥さんに視線を送っていたら彼は私の髪から手を離し、頭の上にそっと置いた。
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