だって、君は俺の妻だから~クールな御曹司は雇われ妻を生涯愛し抜く~
「おやすみ、瑠衣」

 穏やかな彼の声色に我に返り、私も微笑む。

「おやすみなさい。久弥さんもできるだけ早く休んでくださいね」

 リビングを出て、静かに彼の部屋に歩を進める。

 すっぴんもパジャマ姿も、あの日全部さらけ出してしまったので、ある意味楽だ。結婚した当初に比べ、だいぶ彼の前で気を張らずにいられる。

 とはいえ久弥さんの自室に足を踏み入れる瞬間はいつも緊張する。一目散に整えてある彼のベッドを目指し、そっと入る。ひんやりのしたシーツの感触に身震いして体を縮めるも、嫌な気持ちも孤独感もない。

 久弥さんの匂い、落ち着く。

 すぐに考えを振り払う。これを当たり前だと思ったらいけない。この温もりはいつか手放さないといけないんだ。

 胸の奥がチクチクと痛みだし、無理やり思考を切り替える。

 明日、なにを着よう。久弥さんに似合うよう、少しは大人っぽい格好がいいよね。

 あれこれ考えていると徐々に瞼が重くなってくる。待つつもりなのに、やっぱり彼が来るまで起きていられないかもしれない。

 好きに触っておく、って久弥さんは言っていたけれど、私が寝ていたらきっと彼はなにもしないんだ。起きていたら、抱きしめて頭を撫でてもらえる。

『困る』って返したのがそういう意味だなんて久弥さんは露ほどにも思っていないだろうな。夫の特権と言いながら、いつの間にか私の……妻の特権になっている。

 節度ある触れ方なのは義務からだとしても、久弥さんの温もりを拒否できなかった。
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