妖狐とノブレス・オブリージュ


「……さむ」

 吐く息が白い。ここに入って、何日が過ぎただろう。モモはどんどん憔悴していった。
 モモは既に、人型を保てなくなっていた。

 足音が響く。サクの足音だ。
 
「あら、まだ生きてるのね。子猫ちゃん」
「……あの……お願いがあるのですが」
 
 声を震わせながら、サクの方へ歩み寄る。
 
「なに? 悪いけど、ここから出しては聞けないわよ」
「いえ……あの、お腹に子がいるのです」

 サクが目を瞠る。
 
「……まさか、ハルの?」
「はい。この子だけでも、助けてもらえませんか」
 
 サクが眉を寄せる。
 
「だめよ。魔物の子を助けられるわけないでしょう」
「でも、半分は人の血です。ハルさまの血が流れています。もしかしたら、産まれてくる子は普通の人の子かもしれません」
「ハルはそれ、知ってるの?」
「……いえ」
 
 すると、サクは鋭い声で言った。
 
「あなたは死ぬのよ。産まれた子はどうするのよ」
「……それは……」

 モモは口を噤んだ。
 
(……そっか。私が死んだら、この子は生きていけないんだ)
 
「……すみませんでした」

 モモは交渉を諦め、檻の中で縮こまった。

 薄汚れた毛並みを整える気力もない。
 モモは小さく丸まりながら、お腹の子に「ごめんね」と呟くのだった。
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