春、忍ぶれど。

01




(あ、居た)

 その姿を見るだけで胸が痛くなる。こうやって気がつかれないように遠くから見ているだけでも、心が訴える限界値ギリギリの緊張感なのに、近づいて挨拶を交わし話しかけるなんてもってのほかだ。

 城門の辺りに佇む彼のさらりとした黒髪が暖かくなってきたつよい春風に舞う。きっちりと騎士服を着ている姿勢が良くて背の高い後ろ姿が綺麗だった。

 慌てて入り込んだ物陰に隠れていたままでシャロンは何かを探すように辺りを見回している彼の姿を見ながら、今日は運が良いとそう思った。同じ城の中で働いてはいるものの、騎士であるラルフ・バーデンの姿をこうやって見つける事が出来るのはそう多くない。彼は不規則な時間の勤務で働いているし、日勤のお針子のシャロンとは全く違う時間軸を生きている。

 以前のある出来事があってから、シャロンの心は彼に射抜かれてしまっていた。優しそうな青色の瞳にさらさらとしたすこし長めの黒髪に整った爽やかな顔立ち、彼を形成するすべてが、何もかもが、頭の中を彼のことだけにしてしまう恋の波を連れてくる。

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