春、忍ぶれど。
 からかうようなその言葉にぶんぶんとシャロンは首を振った。そんなの、とんでもない。あのラルフの目に、自分が映るなんてとんでもないと思うのだ。できるならばあの綺麗な青い目には、彼と同じような綺麗なものだけ映して欲しい。

「リサ、今日は買い物あるんでしょ。また明日ね」

 今にもお節介なことをし出しそうな同僚に早く帰って欲しくて、追い払うように手を振ると、リサは肩をすくめた。シャロンは気が気じゃなかった。彼女と話してそうこうしている内にもラルフは行ってしまうかもしれない。あの姿勢の良い彼の後ろ姿を、出来るだけ追いかけたかった。

「シャロン。あなたが思っているより見ているだけって、すっごくつらいわよ」

 教訓めいた言葉を残してリサは軽やかに歩き去っていく。

 ラルフは確かに誰かを待っているようだが、彼の姿をすこしでも長く見られるのなら、それで良かった。シャロンは幸い実家ではなく一人暮らしだから帰りの時間を心配される家族もいない。何の憂いもなく心置きなく憧れの彼を見つめる事が出来る。彼のことを見つけるまで考えていた今日の夕食のことなんか頭から飛んでしまった。

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