春、忍ぶれど。
 あの子のことを好きになったきっかけは、本当に偶然だ。卒業間近の騎士学校からいつもと違う道筋で帰った道中、楽しそうな鼻歌を歌う女の子が川べりに座り、何か刺繍しているのを見かけた。その時はなんだかかわいいな程度だったけど、それ以来また会えるかなと期待して、その道を通るとたまにいつもの場所に座り見かける彼女に恋をしてしまうのに、そう時間は掛からなかった。

 なんとか勇気を出して、声をかけようとしたことは数えきれない。

 けれど、男兄弟の中で育ち、幼い頃から男だらけの騎士学校の中で揉まれ、身近な異性といえば母親と年嵩のメイド達くらいだ。それも話すこともあまりない。必要事項と挨拶程度だ。後継者のスペアですらないラルフには決められた婚約者なども居ないし、恋愛などいつか親に言われて見合いでもして結婚すれば良いと思っていた程度だ。

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