転生織姫の初恋

離ればなれの夫婦


 天界の東側、白い星の海の中で、織姫(おりひめ)は眠るように死んでいた。
 長い黒髪は優雅に流れる川のように、美しい羽衣姿の織姫の亡骸は星の海に揺蕩っていた。
 白く細やかな肌には、反射した水面の煌めきが映っている。まるで眠っているだけのように見える愛しい人の頬に、彦星(ひこぼし)は震える手で触れた。

 彦星は織姫の亡骸の傍らで泣き崩れる。
「どうしてこんな……」
 そっと撫でると、まだ僅かに温かい。嘆く彦星に、二人の親友のカササギが言う。
「前から彦星を気に入っていなかった織姫の母がね。彦星を試すのだと言い出したんだ。織姫が死んでも織姫を愛し続けるかどうか……ほかの女に走らないかと。君は甲斐性なしで頼りないからって。それで、織姫に無理やり毒を飲ませ、その後自分も毒を煽って死んだんだよ」
 カササギがやるせなく目を伏せると、閉じた縁の端から輝く宝石のようなひとしずくが零れ落ちた。
「織姫を助けられなくてごめんね、彦星」
「……いいんです。カササギのせいじゃない。一年に一度しか会いに来られない僕が悪いんですから」
 織姫の亡骸を抱き締めながら涙を流す彦星に、カササギが言う。
「彦星……」
 彦星は決意したように顔を上げた。
「お願いがあります、カササギ。僕はもう一度織姫に会いたい。ここで死んだということは、転生したんでしょう? 織姫の居場所を教えてください」

 懇願する彦星を哀れに思ったカササギは言った。
「織姫は……」
 カササギの言葉に衝撃を受けた彦星は、横たわる織姫を見下ろした。
「人間界に降りたみたいだ」
「人間界か……」
「待て。よく聞いて。織姫は今、人として生きているんだ。だから、彦星との記憶は一切ない」
「僕の記憶がない……」
「そう。つまり……また巡り会ったとしても、彦星を愛するかどうかは分からないよ。そもそも織姫は人間で、彦星は天界の人だからね。流れる時間がまず違うんだ」
 彦星の胸がずんと沈む。しかし、暗くなる気持ちを振り払うように首を振る。
「でも、そうするしか方法はないのでしょう?」
「彦星が人間界に降りても、そばにいられるのは彼女の寿命の間だけ。織姫が天界に来るには、死んで銀河鉄道に乗るしかない」
「なら、僕が人間界に降ります。僕なら天上人のまま、人間界に住むことができるから」
「必ず織姫は先に死ぬよ。それでもいいの?」
「……」

 天界に住む者は、いわゆる亡者だ。つまり既に死んだ人間だということ。自ら命を絶ち、転生を望まない限り、死ぬことはない。
 つまり彦星は亡者で織姫は人間。生きる世界線が違うことになる。
「……それでもいい。織姫に会いたいんです。織姫が死んだら、天界に戻って織姫をまた探しますよ」
「それなら、早くステーションに。もう銀河鉄道が出てしまう」
 カササギの言葉にハッとする。
「そうか。今日は七夕(たなばた)でしたね……」
 彦星は織姫を見つめ、その唇に愛おしげにキスを落とした。
「織姫、すぐに迎えに行きます」
「私もすぐに後を追う。さぁ、早く」
 こうして彦星は、織姫が転生した人間界へ降り立ったのだった。

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