新そよ風に乗って 〜幻影〜

真意

「矢島さん。人事部長がお呼びだから、会議室に至急行ってくれるか」
「はい」
何だろう?
人事部長が、呼んでるって……。
ふと、窓の外を見ると、今日もこれでもか!というぐらい照りつける8月の太陽が、その陽射しを容赦なく照りつけている。
会議室のドアをノックすると、 『どうぞ』 と、中から人事部長の声が聞こえた。
「失礼します」
「忙しいところ、呼び出して申し訳ない。まあ、掛けて」
「はい。失礼します」
座っていた人事部長が、座るように手で椅子を指してくれたので、人事部長と長机を挟んで椅子に座った。
「人事部の仕事にも、だいぶ慣れてきたようだね」
「は、はい。でも、まだまだ覚えなければいけないことがたくさんありまして……」
人事部長の前で、背伸びしたところで始まらない。正直に話すのがいちばんだと思った。
「そう。毎日、仕事の内容に変化があることは、良いことだよ。矢島さんは、分からないことをそのままにせず、きちんと覚えて先に進む仕事に対する姿勢がいいと福本からも聞いている」
「い、いえ、そんな……」
ただ、物覚えが悪いから、教わったことをノートに書き留めて、それを見ながらやっているだけで……。
「そのパワーを、今後は経理で発揮して欲しい」
エッ……。
「あの……」
「辞令を交付します」
辞令?
人事部長から差し出された見慣れた長方形の紙を見ると、そこには……。
8月8日付をもって、経理部会計監査担当への異動を命じる。
と、書いてあった。
嘘……。
だって、異動は普通6月で、出向者が7月と8月付のはず。それなのに、こんな時期に何故? 
「あ、あの……」
人事部長の顔を見ると、黙って頷いていた。
「新入社員の時も、此処で辞令を渡したね」
「あっ、はい」
本配属先の辞令を人事部長からもらって、配属先が会計ではなく人事だったことが本当に哀しかった覚えがある。
「あの時、本当に矢島さんは残念そうな顔していたな」
「あっ、いえ、その……」
やっぱり、あの時、人事部長に見抜かれていたんだ。
「あの時、本配属を経理から人事に変えて欲しいと言ってきたのは、社長から直々のお達しだったんだよ」
エッ……。
「もう時効だから話すが、あの年の新入社員はそんなに採用しなかったし、殆どの新入社員は、仮配属先にそのまま本配属させる予定だったんだよ」
そうだったんだ。
「しかし、矢島さんだけは人事に置いて欲しいと、社長からお達しがあった」
< 1 / 230 >

この作品をシェア

pagetop