新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜
「どーお?」
明良さんに言いたいことがたくさんあったが、今は診察に専念しなくては。でも、診察の後で絶対言わなければと、直ぐにでも言いたいのも山々だったが、グッと堪えた。
「はい。お陰様で、だいぶ腫れは引いた気がするんですけれども……」
「じゃあ、ちょっと、診せてね」
明良さんに患部を見せながら、まさか悪化はしていないとは思ったが、気になって明良さんの顔を見ていた。
「だいぶ、腫れも引いたね。良かったよ。これなら、このまま湿布だけで済みそうだ。ちょっと、残念だけど」
「えっ?」
残念って……。
「だってさあ、もし陽子ちゃんが入院しちゃったりしたら、大学来るのも楽しいのにと思ってたんだ」
はい?
「明良さん。何、言ってるんですか」
冗談じゃない。まったく、この人は本当に医者なんだろうか? 高橋さんじゃないけど、疑いたくなってしまう。
「ごめん、ごめん。冗談だって。ハハハッ……」
「もう、明良さん。変なこと、言わないで下さい」
思いっきり、明良さんを睨んでしまった。
そして、明良さんは手際よくまたクルクルと手早く左足首に包帯を巻いてくれていた。
「そう言えば……土曜日、貴博の家に結局泊まったの?」
あっ、そうだった。
「明良さん。もう、大変だったんですからね」
しかし、私の言葉にも明良さんは反応せず、そのまま包帯を巻き続けてまったく動じる気配もない。包帯を巻き終えると、私の足をそっと床に降ろしてからこちらを見た。
「ふーん……」
「ふーんじゃないですよ。本当に大変で……もう……」
明良さんに抗議をするつもりが、また高橋さんの言葉が蘇り、その時のベッドの縁に座っていた高橋さんの表情まで思い出してしまい、無意識に胸に手を当てていた。
「どうかした?」
エッ……。
「あっ。いえ、何でもないです」
「まあ、でも貴博との誤解は解けたんでしょう?」
「えっ? そ、それは……まあ、はい……」
金曜日に高橋さんの家に行った時、何で泣いていたのか。結局、高橋さんにバレてしまったけれど、それは、それでもういいと思っている。
「じゃあ、良かったジャン。で……。貴博と、一緒に寝たの?」
ハッ!
「な、何、言ってるんですか。明良さん。冗談じゃないですよ。一緒に寝たりなんか、しません」
明良さんのこの直球口撃には、本当に焦ってしまう。
「えっ? 貴博の部屋で、一緒に寝なかったの?」
「当たり前じゃないですか」
「正直に言っていいから。本当に、一緒に寝なかった?」
明良さんは半分笑いながら、私に少し顔を近づけながらもう1度聞いてきた。
「はい。私1人で、高橋さんのお部屋で寝ました」
「陽子ちゃんが、貴博の部屋で?」
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