新そよ風に乗って 〜幻影〜
『高橋さんと、今度の土曜日に会う約束してくれる?』
『あの……でも、それって高橋さんを騙すことになりませんか?……すみません。私には……できません』
『あら? いいの? 貴女が高橋さんの家に泊まったこと、みんなにばらしてもいいのかしら? きっと、大騒ぎになるわよねえ』
高橋さんを騙すようなこと……。そんなこと、出来ない。
だけど、宮内さんに私が高橋さんの家に泊まったことを、みんなに話されてしまったら……。
すると、ドアが開いて高橋さんが入ってきた。
あれ?
まだ高橋さんも、会議が始まるまでには来るのが早い気がする。
「お前、勝手に1人で先に行くなよな」
「えっ? あっ、すみません。歩くのに時間がかかっちゃうので、少し早めに来たんです」
高橋さんに説明しながら、残りのレジメを各席にセッティングしていると、私の左手から高橋さんが素早くレジメの束を奪い取り、残りのレジメを置いていない席に、あっという間に左手でセッティングしていった。
「あの……高橋さん。そのくらいは、出来ますから」
慌ててレジメの束を返してもらおうとしたが、高橋さんに制止されてしまった。
「いいから、お前は大人しく自分の席にでも座ってろ」
そう言って、高橋さんが私の座る席の椅子を引き、無理矢理座らせた。
「すみません……」
『時間とかは任せるけど、色々準備があるから、なるべく早めに決めて内線で連絡して』
本位ではないけれど、高橋さんに迷惑はかけられない。だとしたら……。
「あの、高橋さん」
「何だ?」
レジメを配り終えて資料に目を通していた高橋さんが、こちらを見た。
その真っ直ぐな瞳を見てしまうと、歪んだ気持ちを見透かされてしまいそうで……。
「あ、あの……」
すると、高橋さんがこちらに向かってきてしまった。
「どうかしたのか? 何か、忘れ物でもしたのか?」
目の前に立った高橋さんの顔を、まともに見られない。
ああ、どうしよう……。
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