新そよ風に乗って 〜幻影〜
「遅くなりました」
「矢島さん。おはよう。足、大丈夫?」
「あっ、中原さん。おはようございます。遅くなって、申し訳ありません」
心配して中原さんが私の席まで来ると、パンツの裾から少しだけ見えている包帯が巻かれた左足を見て、少しだけ眉をひそめた。
「見てるだけで、何だか痛そうだな。無理しない方がいいよ」
「はい。ありがとうございます。申し訳ありません。ご心配おかけして」
「でも、そのくらいで済んで良かったよ」
中原さんは、そう言いながら月末で忙しいこともあり、直ぐに自分の席へと戻っていった。
あれ? 高橋さんは……。
そう言えば、いつもの席に、高橋此処に居ます! オーラが出ていない。
事務所内を見渡しても、見当たらない。何処に行ったんだろう?
「ああ。高橋さんだったら、今、ちょっと人事に行ってるよ」
「人事? そうなんですか」
キョロキョロ見渡している私を見て、中原さんが気づいて教えてくれたので、私も遅れを 取り戻すべく、直ぐに書類の山を脇に寄せて仕事を始めていると、暫くして高橋さんが戻ってきた。
「おはようございます。遅くなって、申し訳ありません」
高橋さんが私の横を通る時、立ち上がってお辞儀をした。
「どうだった?」
書類を持った高橋さんが、私の肩をそっと押して席に座るように促した。
「はい。お陰様でだいぶ腫れも引いているみたいなので、このまま湿布だけで大丈夫だそうです」
「そう。それは良かった。それで? 今度は、何時来いって?」
事務所の中なので、高橋さんも明良さんの名前は出さないで、必要最低限の一般的会話内容に留めている。暗黙の了解というか、それがエチケットだということを私も分かっていた。
「先生は、金曜日にもう1度、外来に来て下さいと仰ってました」
そう説明すると、高橋さんは自分の席に書類を置いて私を見ながら頷いた。
流石に週明けと月末とが重なって、足の怪我のことも立ち上がって歩かなければ忘れそうになるぐらいの忙しさだ。
そして、午後からの会議に高橋さんと一緒に出席する予定だったので、少し歩くのに時間のかかる私は、電話中だった高橋さんの机の上に先に会議室に行く旨のメモを残してレジメの束を持って会議室へと向かった。
まだ誰も来ていない会議室に到着して、持ってきたレジメを出席者の席の前にセッティングしながら、宮内さんに言われたことを思い出していた。
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