薙野清香の【平安・現世】回顧録
「嫌だ嫌だ! 私、宮様にはもっと、幸せになって欲しかった! 誰よりも何よりも……! だから現世では、前よりずっと幸せになっていただくって、私決めてた! 今度こそ、主上の愛を独り占めして! 誰にも何にも邪魔されず、幸せになっていただくの! それなのに……それなのにっ!」


 気が付けば、清香は崇臣に抱き寄せられていた。いや、寧ろ清香がの方から縋りついたのだろうか。どちらが先なのかはわからないが、清香は崇臣の胸に顔を埋め、泣いていた。清香の背中を無骨な指がそっと撫でる。ぶっきら棒な手つきに、何故だかとても救われた。


(ダメだな、私……)


 相変わらず崇臣は、何も言おうとしない。けれど、それがとても心地よかった。
 清香が崇臣の背へと腕を回す。涙が自然とポロポロと零れ落ちた。

 芹香と東條が結ばれる運命を確かなものにしたい。けれど、それでいて美玖との運命は否定したい。そんな相反する気持ちが清香の心を揺れ動かしていく。

 それは自分自身の運命に対しても同様で。芹香たちのことを思えば、自分の運命には従うべきなのだろう。


(だけど、今はしばらく、こうしていたい――)


 温かく、逞しい腕の中、清香はそっと目を瞑ったのだった。
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