薙野清香の【平安・現世】回顧録
(さて、どうしたもんか……)


 途方に暮れた清香は、気分転換のためにこの店を訪れた。
 既に絶版になった書籍や、隠れた名著、学術書なんかを探すのが、清香の趣味の一つだからだ。


「おぉ! 清香ちゃん、久しぶりだねぇ」

「おじさん、お久しぶりです」


 店主は狸のような顔をした、心優しい老人だ。名を草野という。
 彼は子どもだからと嫌な顔をせず、幼いころから清香のことを可愛がってくれていた。


「今日も暑いですね。元気にしてました?」

「それがねぇ、年のせいかなぁ……最近、夏の暑さが随分堪えるんだよ」


 店主は困ったように笑いながら、トントンと腰を叩いてみせる。


「そうでしたか……それは心配ですね」


 清香は目に付いた本を何冊か手に取りながら、店主のことをそっと見つめる。
 彼と出会ってから既に10年近く。単純に年齢のせいもあるだろうが、確かにここ最近の店主は、夏はいつも辛そうにしていた気がする。心配で、清香の胸がキュッと軋んだ。


「実はね、近々店を閉めようかなぁと思っているんだよ」

「えっ!? 嘘……そんな…………閉めるだなんて」

(ショック! 私のオアシスが……!)


 眉を八の字に曲げ、清香がガックリと肩を落とす。腕に抱えた本たちが、ズシリと重く感じられた。


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