薙野清香の【平安・現世】回顧録

3.

 ポツポツと窓を叩く音に、清香は顔を上げた。

 季節は梅雨。毎日、鬱陶しいほどに雨が降り続いている。
 とはいえ、雨は平安時代、風情のあるものとして、割と好意的に扱われていた。清香自身も、春の雨は趣があると前世で書き記している。


(雨と言えば)


 清香は遠い昔を想い起しながら、小さく笑った。
 雨の日を契機にした、とある男とのやり取りだ。


(あれは中々に面白かった)


 フフフ、と小さく笑いながら、清香はシャープペンシルを置いた。強張った身体を伸ばし、一息つく。
 その時、教室の扉がガラリと開いた。扉の向こうには麗しの妹、芹香が立っていた。


「芹香!」

「お姉ちゃん、そろそろ帰らない?」


 芹香はそう言って、清香の方へと向かってくる。鉛色の空がまるで黒い絵の具を足されたかのように、段々と暗さを増していた。気づけば随分と夢中になっていたらしい。


「そうね」


 清香はそう言うと、パタンとノートを閉じた。
 元々、教室の中にはほかに、数人の部員がいたのだが、いつのまか清香が最後の一人になってしまっていた。


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