新そよ風に乗って 〜焦心〜
「先ほどは、本当に申し訳ありませんでした。いくら急いでいたとはいえ……事務所を開けっ放しにしたことは軽率でした」
高橋さんに向かって、精一杯頭を下げた。
エッ……。
すると、高橋さんが私の両腕を持ってお辞儀をしていた姿勢から元の姿勢に戻してくれた。
「あれは、建前であって本意ではない」
「えっ?」
どういうこと?
建前であって、本意ではないって……。
「こう言ったら何だが……。金で解決出来ることだったら、幾らでも如何様にでもなるが、お前に何かあってからでは遅いだろう?」
「高橋さん……」 
ひゃっ。
高橋さんが、いきなり私を抱きしめた。
「お前が傷ついたら、金なんかではとても解決出来ない」
高橋さんが、抱きしめる腕に更に力を込めた。
「俺は、社会人として、管理職として、自分に課せられた責務を己の感情を押し殺してでも全うしなければならない時もある。それが、使命だから。だが、その前に1人の人間としてその狭間で生きている限り、葛藤しなければならない時もある」
高橋さん。
「今は、こうして此処にいるんだから安心しろ」
高橋さんの気持ちが嬉しくて、それと同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになって、高橋さんに抱きしめられたまま何度も頷いた。
「怖いのか?」
エッ……。
高橋さんを見上げると、優しい目で私を見てくれている。
「あいつのことが、怖いか?」
「こ、怖いです。凄く怖い……」
抱きしめられたまま、高橋さんの胸に向かって正直に本当の気持ちを告げた。
「よく言えたな」
「へっ?」
「えっ?」 と言ったつもりが、空気が抜けて 「へっ?」 になってしまった。
「フッ……。お前は、相変わらずムードも何もない奴だな」
だって……。
「あいつは、今……お前に言われたことで、お前よりもっと怖いと思っているはずだ」
遠藤主任は、私よりもっと怖いと思っている?
< 160 / 247 >

この作品をシェア

pagetop