新そよ風に乗って 〜焦心〜

愁意

高橋さんから貰った、高橋さんの香り。
左手で胸を押さえながら、捨てたら此処に残っている想いも綺麗さっぱりなくなってくれるかな。自問自答を繰り返していたが、なかなか決められず、既に10秒どころか10分以上経っている。
真冬の短い陽が夕陽となって、部屋の壁をオレンジ色に変えていることに気づき、大きく深呼吸をしながら目を瞑った。
オレンジ色なら、夕陽がいつでも此処に座れば見せてくれるんだ。
そっと目を開けて、同時に小瓶を握っていた右手をゴミ袋の上に移動させた。
エッ……。
手から離そうとした瞬間、ポケットの携帯が鳴り出し、手に小瓶を持ったまま慌てて携帯を取り出して画面を見ると、そこには通知不可能と表示されていた。
通知不可能って、誰?
間違い電話かもしれないと思いながら暫く画面を見ていたが、ずっと鳴っているので恐る恐る電話に出た。
「もしもし」
「もしもし、高橋です」
嘘……。
でも、聞き間違えることなんてない。紛れもなく、電話の向こうから聞こえてきた声は高橋さんだった。
「こ、こんにちは」
やっと出た声は震えていて、思わず右手に持っていた小瓶をギュッと握りしめた。
「今、電話していても大丈夫か?」
「は、はい」
低いトーンの心地よい高橋さんの声が、左耳に響く。
ううん、左耳だけじゃない。心に、胸に響いている。
「確か、俺に話があったんじゃないのか?」
「えっ?」
「木曜日の帰りは、聞けなくて悪かった」
木曜日の帰りって……一昨日。
高橋さんが、交差点で女性と一緒にタクシーに乗って何処かに行ってしまった……。
「あっ、あの、いえ……」
「電話で良ければ、聞くぞ?」
高橋さん。
これ以上、もう……。
今更、蒸し返したところで、何もならない。きっと私が苦しくなって、辛い思いをするだけだから。
高橋さんには、高橋さんの考え方や生き方があって、その生き方のほんの一部に私の居場所があったらいいなと思ったりしていたけれど、それは高望みの勝手な妄想の世界の話だけ。現実は、私の居場所なんてない。もっと秀麗で、高橋さんと同じぐらい頭の回転の速い人でなければ……。
「もしもし、どうした?」
「あっ、すみません。あの、そのことでしたら、もういいんです」
「もういい?」
「あの、す、すみません。もう、大丈夫ですから。ご心配お掛けして、すみませんでした」
「それならいいが……」
どうしよう。会話が続かない。
「あっ。そ、そちらは、寒いですか?」
「冬だからな。東京より、寒いと思う」
「そうですか……」
「それじゃ、休みの日に悪かったな」
「い、いえ、そんな」
「留守中、何かあったらメールくれれば、こっちから連絡するから」
メールくれればって?
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