好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。

6.溺れゆく、溺れゆく

(どうしよう……)


 同僚たちから離れ、一人になったメリンダは、小さな紙片をそっと広げた。


【夜、誰にも気づかれないように僕の部屋に来てほしい】


 そう書かれたその紙片は、先ほどステファンから無理やり預けられたものだ。

 おまけに彼は「――――待っている。君が来るまで、何時間でも、何日でも」なんて言葉を囁きかけ、切なげな表情を浮かべていた。普段の冗談めかした口説き文句とはひと味もふた味も違っている。


(いやいや、そんなことは関係ないわ)


 彼がどこまで本気か分からないが、メリンダが応じなければ良いだけのこと。今後ステファンと二人きりになる気はないし、彼の部屋に行くわけもない。

 けれど彼は、メリンダ以外の女性にちょっかいをかけている様子もなかった。



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