さよならの続き
「あ、起きた?」

振り向いた彼を見て、一瞬見間違えたかと思った。
さっきの夢では航平が出てきていたのに、目の前にいるのは陽太だ。
いや、当然のことだ。航平がここにいるはずはないのだから。

「ごめん、勝手に入った。爆睡してたな」

陽太はクスクス笑いながらフライ返しを手に持っている。
彼はウチの合鍵を持っているけど、それを使ったことはない。
私がいないときに入るのは抵抗があるのだと以前言っていた。
嫌なわけじゃないけど、どうして今日に限って陽太はここに来たんだろう。

「何作ってるの?」
「もちろん卵焼き。俺のレパートリーはそれと冷奴だけだから」
「冷奴って、つゆをかけるだけじゃない」

思わず吹き出したら、笑うなよ、と情けなく声を漏らした。
テーブルに並べられたご飯と卵焼き、コンビニで買って来たらしい漬物を2人でいただきながら、陽太がくぐもった声で言う。

「大変だったな」
「うん。こういうの初めてだったから焦っちゃった」
「だいぶ遅くまで残ってたのか?」
「うん。1時くらいまで」
「タクシーで帰ってきたの?」
「…うん」
「そっか、余計な出費だったな」

曖昧に笑いながら時計に目をやると、時間は20時だ。電話がきたのは18時半くらいだったと思う。
もしかして、仕事を早く切り上げてきてくれたんだろうか。
4月半ばのこの時期、MRは忙しいはずなのに。

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