おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜


「ちぃの星川恵流への愛は所詮その程度のものだったんだな、がっかりだ」
「はい?」

(今なんて?)

 千春には星川恵流のためなら、火の海でも水の中でも飛び込めるという自負があった。推しへの愛を軽んじられて、黙ってはいられない。

「残念だがこのブロマイドはフリマサイトで売ろう」
「ちょっと待った!」

 黄金塚のいちファンとして、フリマサイト送りなんて断じて許せない。ただでさえ転売して小銭を稼ぐような不届きな輩が横行しているというのに。
 
「け、結婚する!」
「ん?今なんて?」
「香月くんと結婚するってば!」
「よし、じゃあ決まりだな」

 ヤケクソになって叫ぶと、香月は満足そうにヨシヨシと千春の頭を撫でた。なにかにつけて千春の頭を撫でるのが、香月の昔からの癖だった。

「千春~。お風呂湧いたわよ~。さっさと入りなさい」
「風呂の時間か、じゃあ話の続きはまた明日な」
 
 階下から入浴を促す千春の母の声が聞こえてくると、香月は何事もなかったように階段を駆け降りて行った。
 ものの数分で結婚の約束をとりつけられ、しばし惚けていた千春だったが、ブロマイドが持ち去られたことに気づくと、慌てて階段上の吹き抜けから叫んだ。
 
「ちょっと!ブロマイドは置いて行ってよ!」
「婚姻届を出したら渡すから。逃げんなよ?」

 香月は爽やかな笑顔でそう告げると、隣家に帰って行った。
 それは、どさくさに紛れて契約を反故にするのは許さないという意思表示に他ならなかった。

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