眠れる森の王子は人魚姫に恋をした
「副社長ぉ〜!またご一緒できて嬉しいです〜。」

甘ったるい声を響かせながら俺の隣に座ったのは、文と間違えて食事一緒にした矢部 芙美だった。
今夜は他社の方がいるので俺をターゲットとして見るのはやめて欲しいかったが、時すでに遅し。しっかりとロックオンされていた。営業部からは人選を任せた営業部長と矢部、それからもう一名女性が参加していた。

「こないだ一緒にレストラン、私、とても気に入ってしまって、前日、父を連れて行ったらセンスが良いって褒められたんですよ。」

 おいおい…、誤解を招きかねかない言い方はやめてくれ。

まるで二人で行ったかのような矢部の口ぶりに得意のスマイルが崩れて苦笑いになる。

「営業部長もお誘いして皆で行ったお店だね?僕も気に入っているお店なんだ。矢部さんのお父様のお口にも合ったようで良かったよ。」

「今日のお店も素敵です〜。副社長は素敵なお店をたくさんご存知なんですねっ。他にも素敵なお店を教わりたいです〜!」

「僕よりよ秘書の黒田の方がお店は詳しいから彼に聞くといい。」

さっさと話を終わらせて葛城さんと話をしたかった。

「私は副社長に教わりたいです…。」

上目使いで視線話合わせてくる。面倒なのは黒田に任せたいのだが、こういう時に限って黒田は離れた席に座っていた。

「市ノ川副社長は美味しいお店をたくさんご存知とは、私も是非教わりたい。まだ独身なんでね。」

「社長はまず一緒に行ってくれるお相手を探されては?」

「あはは、うちの秘書は痛いところを突いてくる。」

「でしたら僕がお供ささていただきますよ。」

葛城社長が会話に入ってくれた事により会話の中心が矢部からずれた。

「市ノ川副社長、うちの社長に合わせていると同じように独身貴族になってしまいますのでお気を付けて。」

「実は最近、素敵な女性と出会いましてね。以前は結婚に対して全く興味がわかなかったのですが、彼女と一緒にいるとそれが視野に入ってくるんです。」

好きな女性の話をする事で矢部の照準を逸らしたかった。文の名前を出したわけではないので約束は破っていない。

「私も二十代の頃にそんな女性と出会ったのですが、私が至らないばかりに逃げられてしまって…。彼女を失ってから存在の大きさに気付きましたよ。それ以来、どんな女性と付き合っても彼女を超えられない。今は失った彼女の幸せを祈ることしかできない無力な男ですよ。」

遠い日の想い出を見つめているのか、儚く切なげな笑みをしていた。

「社長、素敵なお食事の場をしんみりさせないでください。」

「そのお話は例の拗らせた初恋ですか? 逃げられない様に気を付けます。いつか良いご報告ができるよう精進してまいります。」

「それは楽しみだ。」

暖かく見守ってくれるような葛城社長の笑顔に好感を持った。父親に例えるには若くて、兄に例えるには年齢が離れているが直感的に頼れる人だと思った。

彼も自分と同じような立場で親から会社を引き継いだので将来の自分と重ねて勝手に親近感を覚えているのかもしれないが、親しくなりたいと思い、食事のあと行きつけのBarである慶介の店へ誘うと『自分ももう少し市ノ川副社長と話がしたいと思っていた。』と言って快く付き合ってくれた。
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