眠れる森の王子は人魚姫に恋をした
先ほど施錠したばかりのスタッフルームの鍵を開けて中に入ると、まっすぐに厨房へ向かい、冷蔵庫から残り物のリンゴを取り出して皮をむいて食べやすいようにカットした。
お皿に移したリンゴにラップをかけると、自分のデスクの引き出しから常備している解熱鎮痛剤、ブランケットを取り出し副社長室へと戻った。

先ほどの男性は、あれから動いた形跡はなく、文が部屋を出た時と同じ状態でソファーで眠り続けている。
持ってきたブランケットを男性にかけ、空腹で服用すると胃が痛むからと持ってきたリンゴと薬をローテーブルに置いた。

 そう言えば、ランチで残った食堂のスープを分けてもらって保温ボトルに入れてたんだっけ…。

『もしかしたらリンゴよりもスープの方が口にし易いかもしれない。』と思い、鞄からスープの入ったボトルを取り出し、ローテーブルに置いた。

額を触ると先ほどより熱が高く熱い。
冷えた手で触れたせいか薄っすらと男性は目を開けた。

「大丈夫ですよ。お薬とスープ、それからリンゴを持ってきました。落ち着いたら召し上がってください。」

身寄りのない文は体調を崩すといつも心細くなり不安で仕方がなかった。なので咄嗟に『大丈夫ですよ。』という言葉が出ていた。

「…あぁ、悪いな。」

彼は小さく答えると、手を伸ばして文の頭を軽くなでると再び眠りについてしまった。

 病人を置き去りにできないし……。

 目が覚めるまでここにいた方がいいかしら……。

静まり返った室内を見渡しながら、これからどうしようかと考えていた。

 副社長室って立派ね。社食のスタッフルームとは大違い。

歩けば沈む絨毯に革張りの応接セット。壁には作者が誰なのかわからないが立派な額縁に入れられた絵画が飾られていた。

『プルップルッ…プルップルッ…』

高級感ある机に置かれた電話が着信を告げていた。

近づいてのぞき込んでみると『内線:201』と表示され、電話は鳴り続けていた。201に割り当てられている人物が誰なのかはわからないが、彼とつながりのある人だろう。とにかく、彼がここで倒れていることを知らせなくてはと思い、文は勇気を出して受話器を取った。

『黒田です。副社長お戻りでしたら今からお伺いしたいのですが。』

受話器からは男性の声がした。

 『副社長』って、やっぱりこの人がそうなのかしら…。

「…もしもし、あのーー…。市ノ川さんという方が具合悪そうでしたのでこちらで寝かせております。」

『えっ? 失礼しました。 直ぐに伺います!!』

「はい。お願いします。」

そう言って受話器を置いた。

 『黒田』さんがこれから来るなら私がいなくても大丈夫ね。

黒田さんが副社長室に来る前にさっさと部屋を出ると帰路へと着いた。
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